第十三話 死と危機と
角笛がすぐそばに転がっているし、間違いないだろう。
「ったく、もしかしてカップルか? 観光気分で入ったら全滅しましたってか? それで救助を呼ぶんならとんだ迷惑だよ。軽い気持ちで山に入って遭難して、それを助ける山岳救助隊の方々の気持ちが少しわかったかも……おい、あんたら、救助が来たんだぞ、何か言ったらどうなんだ?」
男の方の頬をぺちぺちと叩いて、返事がないのを確認し、女の方の肩を揺らす。
グラッと女の体が横に倒れた。
全く全身に力が入っていない様子で、まるで、それは……、
「おい、あん……あんた……嘘だろ……死んでるじゃねぇか!」
女の目は開いていた。だがその瞳に生気はなく、口からは血が流れ、おなかには大きな風穴が空いて血が大量に流れた後だった。服にはべったりと血が残り、固まって黒ずみとなってポロポロと落ちていた。
初めて見る死体に本能的な恐怖を感じ、腰から崩れ落ちる。
「あ、ああああああ、あ、あんた、恋人は死んでるぞ……!」
這いつくばるように鎧の男へすり寄る。
その体を、ひっくり返す。
「ヒッ! こっちも……死んでる!」
男の方も目を見開いて死んでいた。胸から下腹部にかけて大きな爪で引っ掛かれたような傷が付いていた。
恐らくドラゴンにやられたのだろう。
「見つけたの? どこ?」
ようやくメイディが駆けつける。
「あ、ああ……でも、もう死んでて……」
メイディは目を細めると、要救助者に駆け寄る。
「角笛の紋章が光ってる。多分、全滅して角笛の自動救援要請術式が発動したのね」
「自動?」
よく見ると確かに角笛に描かれているオーブ王国の紋章が光っていた。
「角笛の持ち主の心臓とリンクしていて、持ち主の生命活動が止まると自動的に吹かれるの。つまり、これはこの人たちが吹いたんじゃなくて死んだ後に吹かれたってことよ」
「そんなんじゃ来ても無駄……って何やってんの?」
ベルトとハーネスを使って、女の魔法使いを背負い固定するメイディ。
「運ぶのよ。当然でしょ? エマさんは遠くに行ってるみたいね。そっちの男の方はあんたが運んで」
この人は正気か? ここはドラゴンの巣だろ? そんなところでのんびり荷物を増やしてどうする。
「できるわけないでしょ……! ドラゴンが来るんだぜ⁉ 死んでるならもう仕方ないでしょう! そこに置いて逃げましょうよ! 死体なんか運んでなんになるっていうんだ! もうほっておいて逃げましょうよ!」
メイディが人差し指を唇に当て、
「静かに、落ち着いて……今の声でドラゴンが来る……」
落ち着きを払った声で、ハルを宥める。
確かに混乱しすぎたかもしれないと、ハルは胸に手を当て、息を落ち着ける。
「ハァ……ハァ……ごめん。だけど、早く……」
「それはそれとして……!」
ガッと、衝撃がハルの頭を襲う。
いきなりメイディがハルの頬を殴ったのだ。それも、グーで。
「何すんの⁉ もう落ち着いてたでしょ⁉」
頬を押さえ、メイディに抗議する。恐らく混乱する自分を落ち着かせるために殴ったのだろうが、タイミングが悪い。
いや、違う。
頬を押さえるハルを、メイディはゴミを見るような目で見ていた。
「……………」
「な、なんですか……?」
メイディは何も言わずに、ハルを見る。何か言ってくれないとわからないのに、彼女は何も言ってくれない。
鎧の男を見下ろす。とにかくこいつを運べと言うことなのだろう。
グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ‼
空気が震える。水晶を割るほどの振動が周囲を包む。
エマが岩を跳び回りこちらへ駆け寄る。
「ドラゴンが来る! 二人とも急いで! 要救助者は⁉」
「見つけました! 私とハルで運び……あ、お前!」
ハルは、逃げていた。
「ハァハァ、ハァッッ‼」
ドラゴンの声を聴いた瞬間、反射的に出口に向かって駆けだしていた。
こんなところにいられるか、命あっての物種だ!
振り返らずに走り、ドラゴンの巣を脱出し、霧が立ち込める森の中を駆け回る。
ドラゴンの巣からだいぶ離れただろうか……。
静かだ。
「ハァ、ハァ……クソ……何だよ。ドラゴンなんか、レベル5の俺が一番出会っちゃいけない奴じゃないか……」
悪態をついて腰をすぐ近くにあった岩におろす。
グワワッッ⁉
奇妙なうめき声が聞こえた。
「え?」
岩が盛り上がり、ハルの体が転がり落ちる。
グワワワワワワワワワワッッッ‼
ハルが尻を乗せたのは岩ではなかった。それは巨大な昆虫の背中の一部。ゆっくりと盛り上がり、その全景を見せる。発達した鋏のようなあごに、赤く輝く甲殻。ジャングルの木よりも高い巨大な躰。
巨大なクワガタのモンスター。〈ジャイアントスタッグ〉だった。
「うわあああああああああああああ!」
グワワワワワワワワワッッ‼
背を向け、一目散にかけるが、その背を〈ジャイアントスタッグ〉は追いかける。
外殻から翼を出して、飛んでくる。
必死で逃げるハルの後ろで鋏を鳴らす音が聞こえ、段々と迫ってくるのが分かる。
「来るな、来るな来るな来るなァァァァァ……! あ」
木の根に足を引っかけて転ぶ。
「あ、ヒィ……!」
ギャワワワワワワワワ‼
倒れたハルに容赦なく襲い掛かる〈ジャイアントスタッグ〉、鋏を鳴らしながら発せられる鳴き声は、まるで獲物を前に舌なめずりをし、笑っているように見えた。
喰われる……! そう分かっていても身がすくむ。
「誰か助けてェェェェェェェ‼」
必死で助けを呼ぶ。
だが、〈ジャイアントスタッグ〉の鋏がハルへと迫り……、
「ェェェェェェェ……ェェ………ええ?」
中々、鋏がやってこない。
腕で覆った視界を晴らして、何が起きたか見る。
ジャイアントスタッグの動きはピタリと静止していた。鋏を広げて、もう少しでハルの体を切り裂けるというのに、動こうとしない。
やがて、ジャイアントスタッグは身を引き、ハルに背を向けた。
「へ?」
そのまま飛び去っていく〈ジャイアントスタッグ〉をポカンとした目で見つめる。
「な、何が?」
周囲に白い煙が立ち込める
「ダメじゃない。魔物よけはちゃんと持ってなきゃ」
エマが魔物よけの試験管を持ってハルの後ろに立っていた。
その背には死んだ鎧の男が背負われている。
「エマさん⁉」
「だから、言ったのに。落ち着けって、この馬鹿……!」
追いついてきたのはエマだけではない。魔法使いの女を背負ったメイディもいる。メイディは𠮟りつけた後に、ハルの肩を小突く。
「イテ……ハハ……ハハ……助かった……」
殺されずに済んで、安心すると腰が抜けた。
「二人ともお疲れ様。ちょうど、アリスも来てくれたみたいね」
暗い影が落ち、上空に白いクジラが飛んできて、ロープがその上から落ちてくる。
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