第十二話 クリスタルの洞窟


 白い霧が立ち込める、谷間の下の森。


 そこが角笛が吹かれたポイントだった。ジメジメした空気が立ち込めるこの森のどこかに助けを求めて待っている冒険者がいるのか。

 だが……、


「ここってレベル三十以上の人間が行くところじゃないですか……、俺レベル五なんですけど。こんなところに来ていいんですか?」


 怯えるハル。

 霧が立ち込める谷。図書館で呼んだことがあるミストバレーという谷で間違いないだろう。ここは人間が容易に入り込めず、強力な魔物がうようよいるという話だ。巨大で人を喰うクワガタや、動物をツタでとらえて食べる食人植物もいると聞く。

 ずっと王都で暮らしていたハルが来ていい場所ではなかった。


「安心して、魔物なんて遭遇しないから。これでいいかな?」


 エマは近くにあった扇に似た形の葉っぱをちぎると、腕のアタッチメントのカバーを外し、試験管を取り出した。

 そのアタッチメント、収納スペースあったんだと感心しているハルの目の前で、エマは試験管の中に葉っぱを入れる。

 そして、空中に魔法陣を指で描き、


「『フレア』」


 発火の魔法を発動させる。

 火は試験管の中で発生し、蒸発した煙が黙々と上へ上っていく。


「この煙が魔物よけになるの。だから、大丈夫。これ持ってて」

「あ、はい」


 そう言うことね、と納得しつつ、試験管を受け取り、先行していたメイディを追う。


「でも、こんなところで遭難するなんて、よっぽどの実力を持っている冒険者ですよ。魔法使いのような華奢な女の子ならいいですけど、筋肉モリモリマッチョマンみたいな奴だったら、ここの誰も運べないんじゃないですか?」


 女の子だったら、自分が背負ってそこから始まるラブロマンス。と、妄想が膨らむが、レベル三十以上の男の戦士となったら最悪だ。鍛え抜かれた純粋な筋肉が、ただの重りとなり、ハルの背中にもたれかかる。そんなもの運ぶことができない、一瞬で潰れる。


「男だったら、治癒魔法を使って歩けるようにして自力で帰ってもらいましょう。そんな奴、持てる奴いないから仕方がないですよ。あ、もしかして、誰も治癒魔法使える人間いないんですか?」

「簡単なのなら私もメイディも使えるけど、大けがを直すほどのものはハザード君じゃないと無理かな。でも、私もメイディも滅多に治癒魔法使うことはないんだけどね」

「……?」


 そんなことはないだろう、現地に行って怪我をした人間にまず応急措置をしなければいけないから治癒魔法を使っているだろう。

 そう言った疑問を抱えながら、ハルはエマの後に続いた。

 しばらく森の中を歩くと、光があふれる場所に辿り着いた。


「着いたわ。ここよ」


 輝く水晶が壁中から突き出している洞穴。

 岩盤から突き出たクリスタルに光が当たり、虹色に輝いて幻想的な風景を作り出している。

 クリスタルの洞窟だ。


「うわぁ……凄い光景ですね。綺麗だ、ここに要救助者がいるんですか?」


 見惚れながら、要救助者を探しに洞穴に踏み込む。


「ちょっと待って! メイディ、時間計って! ハル君は絶対に魔物よけを放さないで」

「了解!」


 急に緊迫した声を出して指示を出し始めるエマ。顔もきりっとして、いつもののほほんとした雰囲気はどこへやら、完全に仕事モードに入っていた。


「あの……俺何かやっちゃいました?」


 洞穴に不用意に入ってしまったかもしれないと、エマの顔色を伺う。


「ううん、どちらにしろ入るからいい。だけど、急いで。急いで要救助者を探して。この洞窟はクリスタルドラゴンの巣。ここに生えているクリスタルは全部ドラゴンの食料なの。侵入者がいるとわかったら、奥からドラゴンが飛んでくるわよ」


 洞穴の奥には底知れない暗闇が続いている。まさか、そこにドラゴンがいるというのか。


「奥に? 外に出てるんじゃないですか? それに、俺が魔物よけを持ってますよ?」

「ドラゴンは、レベルがこの谷の他のモンスターよりずっと高いからその魔物よけだと効果ないの。だけど、念のため持ってて。外にいても同じよ。ドラゴンの嗅覚はどんなところにいても嗅ぎつける」

「マジかよ……」


 すぐにドラゴンが来ると思うとぞっとする。レベルの低いハルはそんなのと遭遇したら一瞬で消し炭になってしまうだろう。

 メイディはアタッチメントから砂時計を取り出してひっくり返す。


「時間は五分です」

「OK。要救助者を探すわよ」


 エマとメイディが竜の巣の中に入って要救助者を探す。

 ハルも魔物よけの煙を発する試験管を握りしめながら探す。


「お~い、来ましたよぉ~……どこですかぁ~……!」


 ドラゴンが近くにいるかもしれないという想定の元、ドラゴンに聞かれないように声を押し殺して呼びかけるが、返事はない。


「……おい! いるなら返事してもいいだろ! 助けに来たんだ!」


 焦れて大声を出す。

 すぐさま、ハルの口が手で塞がれる。


「馬鹿、声がでかい、ドラゴンが気づく時間が早まる」


 唇に指をあて、シーッといいつつ、メイディは睨みつけてくる。


「静かに早く動きなさい」

「って言われてもなぁ……ドラゴンが来るんだろ? こええよ……」


 気が気じゃなくて、そんな注意深く探せない。

 一応腰の剣を抜いておく。鉄の剣など、ドラゴンの前ではつまようじ同然だろうが、何もないよりはましだろう。救助騎士のお二人は武器は何もないありさまだが。


「あの、お二人共、何かやっぱり装備した方が良くなかったですか? 剣も持たずになんて、ほらちょうどそこに転がって……」


 ふと、クリスタルと岩の隙間に剣が刺さっているのを見つけた。

 どうしてこんな場所に剣が刺さっているのだ?

 疑問が生まれ目を凝らしてみると、その下に、


「いた! いたぞ!」


 うつ伏せで倒れている鎧を身に着けた男と、魔法使いっぽいマントを羽織った女が岩を背もたれにして座り込んでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る