第八話 地味な仕事、、、

 救助騎士隊という聴き覚えのないフレーズに首を傾げるハル。


「通称じゃなくて自称。『レスキューナイツ』なんて言ってるのは隊長だけです。普通は救助騎士小隊のジェンシー隊。国からはそうとしか呼ばれないから」

「も~……! メイディのいけず! 呼んでいこうよ~、かっこいいじゃん『レスキューナイツ』!」


 訂正するメイディにプリプリと縋りつくエマ。


「救助騎士隊って、聞いたことないんですけど、普通の騎士とは違うんですか? 勝手に就職することになってますけど、俺どんな仕事をするのかわかんないのに、就職する気はないですよ」

「ああ、そうね。いい加減説明しないとね。魔王を倒すため、国の発展のために冒険者っていう職業があるでしょ? 国を出ていろんな土地に行って魔物を討伐したり、珍しい植物や生き物を見つけたりする」

「そりゃ知ってますよ。受験して落ちましたもの」

「知ってる。あなたのこと少し調べたからね」


 調べたって、昨日会ったばかりだろう。このお姉さん少し怖い。もしかしたら、昨日酒場で偶然出会ったのではなく、エマさんの計算だったのかもしれない。


「じゃあ当然習っているわよね。冒険者にはいろいろ保証があるって」

「ああ……多少の犯罪は許されたり、全滅したときに街に生き返らせたりとか、いろいろ冒険をしやすいように国がお金を出してくれるって」


 エマはぱちぱちと手を叩いた。


「正解~。じゃあ、犯罪を犯してその被害者に対しては国がお金を払うとして、全滅した冒険者を生き返らせる。その前にしなきゃいけないことってなぁ~んだ?」


 指を立てて、問題を出す。


「しなきゃいけない? 全滅してるのなら、街に戻す?」

「せいかい、せいかぁ~い! じゃあじゃあ、それを誰がしてると思う? 冒険者のパーティはダンジョンや、街から離れた荒野で全滅してることが多いよね? その人たちが勝手に街に戻る……って思ってる?」


 気が付いた。救助騎士隊。その「救助」というワードの意味。


「救助騎士隊って、その全滅したパーティを街に戻す役目を担っている騎士隊って。そう言うことですか⁉」

「せ・い・かぁ~い‼ それが私たちの、そしてあなたの仕事よ」


 地味‼


 そんなことに異世界転生した自分の人生を費やして溜まるか。


「ちょっと、待ってくださいよ! 俺そんなんだったらやる気ないですよ! そりゃ転生前、現実世界にいた時に救助隊のドキュメンタリーとかドラマとか、消防士の映画とかよく見て好きでしたけど。職業にしようと思うほど好きだったことはないですよ!」


 プログラマーの仕事の合間にサボってドキュメンタリーを見るのがひそかな晴の楽しみだった。ネットの見放題サイトでそういう番組を見まくって多少の知識はあるが、それに興味を持った歳はすでにそちらに転職するのは無理な歳になったため、ひそかな楽しみで終わっていた。


「うん、やる気ないだろうから無理やり入隊させた。だから、不合格だけど合格」

「そんな無茶苦茶な……」

「どうせ冒険者受験失敗してどこも行くところないんでしょう? ならうちでもいいじゃない?」


 確かにこのままだと路頭に迷うことになるが、それでも話を聞かずに無理やり入隊させられる理由にはならないだろう。


「いやでも」

「それに、あなたには才能がある」


 才能? 俺に? 剣も攻撃魔法も使えなかったこのハル・サファイに?


「あなた、『アダプテーション』の魔法使えるんでしょう? それが使える人はなかなかいないわよ」

「ああ、そういえばそうだけど……」


 川で溺れていたレイスを助けた時に使った魔法、『アダプテーション』はいわゆる『環境最適化』の魔法だ。自分の体の周りにその環境に対応する光の防護膜を作り、術者の体を保護する。

 水の中なら、水圧に耐え、水に含まれている酸素を術者の体内に送るエラ呼吸に近い機能を果たし、高温の火山の火口近くでも熱から術者の体を守る断熱効果を発揮する。

 試したことも試すこともできないが、恐らく宇宙空間で発動しても、宇宙服と同じ役割を果たすだろう。


「確かに同級生で使える人間は誰もいなかったけど、今まで使えない人間がいなかったわけじゃないし、この街の大人を含めると確か五人ぐらい他に使える人間はいますよ」


 『アダプテーション』を習得するのは難しく、細かく地道に身体強化魔法を習得し、何度も使い続けなければならない。ハルは攻撃魔法習得は苦心したが、身体強化魔法はスッと会得した。

 現実世界で生きた記憶がある分、火の玉が突然空中に発生したり、土がひとりでに盛り上がるというのがどうもしっくり想像できなかった。それが、習得を難しくさせた大きな原因だったかもしれない。

 だが、身体強化魔法は体を鍛えればそうなるのだとイメージが容易で、プログラムの仕事をしていたせいか、術式のくみ上げも得意で、次々と習得していった。

 だから、『アダプテーション』を習得する同学年の人間はいなかったが、過去に全くいないというほど貴重な魔法じゃないし、今まで学生の身分で習得している人間がいなかったわけじゃない。教師から聞いた話だと、過去に大天才がいて、彼女はハルが入学する前年に丁度卒業してしまったのだが、『アダプテーション』だけじゃなく、様々な上級攻撃魔法を習得していたと聞いた。

 珍しくないのはエマも分かっているらしく何度も頷いた。


「そうね。だけど、『アダプテーション』が使える人間ってみんな冒険者になって外に行ってるの。たいていね。だけど、行く当てもなくて王都にとどまっているのは貴方ぐらいしかいない。それは立派な才能よ」


「全然立派じゃねぇ! 消去法じゃん!」


「まぁ、実際うちの隊というか、騎士隊ってそんな感じの人たちの集まりだし。優秀な人間は冒険者になって勝手に旅立って行っちゃうからこの国の騎士隊って人材不足なのよ」

「わ~……聞きたくなかった。そんなお国事情……」


 まぁ、冷静に考えればそうだ。こういう世界の優秀な賢者とか勇者とかって国に属さずに好き勝手やってることが多い。そんな優秀な人物が次々と国を抜けていったら国に属してる人間は無能ばかりになるよな。まぁ、小説とか漫画の知識だが。


「そんな消極的な理由で無理やり騎士隊に入れられるのはごめんだね。それも救助騎士隊とかいうパッとしない……といったら、現実世界の救助隊の人たちに悪いか。だけど、ファンタジー世界の救助隊って。ちょっと地味でやりたくないっていうか」

「あんた、一人でブツブツ何を言ってるの?」


 考えをそのまま言葉に出していたら、ずっと黙っていたメイディが気持ち悪そうに見ていた。


「ンンッ、いや、何でもない。でも、俺本当にそれだけですよ? 他の同級生と他に代わってる魔法って、他の何でもできるやつを探した方がいいんじゃないですか?」


「何でもできるやつは要らない。一つだけでも強力な技を持っている人間が私たち、『レスキューナイツ』には必要・・なの」


「……!」


 まっすぐ目を見て、あなたは必要だと言われた。


 そういえば誰かから必要と言われたのは初めてかもしれない———。


 ハルはエマから目が離せなくなった。

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