第五話 謎の飲んだくれお姉さん
夜の酒場で、ハルは酒を飲み続けた。
受験の失敗と河原での恥、そして異世界転生をしたのに自分に英雄の道が開かれなかったことの悔しさを忘れるために。
がぶがぶと湯水のようにハルは酒を飲み、彼の周りには酒樽がいくつも転がっていた。
「おやじ~! 次もってこ~い!」
顔を真っ赤に酒の追加を要求する。へべれけに酔っているハルの態度に酒場のマスターはうんざりした顔で酒を用意する。
そんな彼の机にドンッと酒樽が叩きつけられた。
「お兄さ~ん、いい飲みっぷりねぇ!」
酒樽の持ち主はグラマラスで美人なお姉さんだった。長身でハルよりも少し身長が高そうだ。そんな彼女が胸に実ったたわわな果実を見せつけるように揺らし、机に身を乗り上げていた。
「あ、お~お~う、今日はヤケ酒記念日だからな! ガッハッハ!」
酔ってテンションが高くなっているハルは空の酒樽を掲げて、笑った。
酔っ払いお姉さんはハルの対面に腰を下ろし、酒瓶をあおる。
「ヤケ酒⁉ ヤケ酒はいけないわ! 酒は楽しく飲まないと、私を見なさいよ。ヒャヒャヒャヒャッホ~~~~イ!」
酔っ払い特有のテンションの高さで飛び上がって喜びを表す。
「そんな楽しくなれたらどんなにいいか。こちとら楽しく酒飲んだことなんて、現実世界にいた時からないよ!」
「現実世界⁉ 何言ってんの? ここが現実よ! あんたは夢でも見てるっていうの⁉ アッハッハッハ!」
ハルの言葉を笑いとばすお姉さん。
「そうだよな、信じられないよな~、でも本当なんだよ。お姉さん、実はねぇ。俺は一度死んで生まれ変わってんだよ」
酔って理性がどこかへ吹き飛んでしまっているハルは、ノンブレーキで全てを暴露する。
「元々俺はこの世界とは違う地球っていう星で生きててね。そこでは剣も魔法もなかったけど、機械が発達してて、俺はずっとパソコンのプログラムをやって生きてたんだよ」
「へぇ~、なるほどなるほど。何言ってるのかさっぱりわかんニャイ!」
両手を猫の手にして顔の前に持ってくるぶりっ子ポーズをするお姉さんをさらっと無視した。
「それでね。結局仕事尽くしの生活がたたって過労死しちゃったんだけど。こっちの世界に転生したんだよ! 辛い生活から解放されて、その上、剣と魔法がある夢のファンタジー世界に勇者として生まれ変わることができたって、ワクワクしてたんだけど、こっちもこっちで結構辛くてさ。結局勇者になることができないまま一生が終りそうなんだよ……ねぇ、お姉さん。どう思う⁉ 可哀そうだと思わない⁉ 俺の人生‼」
酔いもあるが若干涙が出てきた。
異世界転生したのだからもっと人生イージーモードでいいじゃないか! 現実世界で辛い生活を送ったのだから、才能に満ち溢れ、女にも持てる勝ち組の人生が拓かれてもいいじゃないか!
そんな不満を目の前の酔っ払いのお姉さんにぶつけても仕方がないとわかっていつつも、ハルはぶつけた。ぶつけずにはいられなかった。
「ニャハハハハハハ! 思わない、ずぇんずぇん、思わない! だって私は楽しいから!」
案の定、お姉さんには笑いとばされた。
だが、何となくすっきりした。相手が聞いてくれないとしても不満をぶちまけるのはいいことなのかもしれない。
スッキリすると頭も冷めてきた。段々と暗い気持ちがこみ上げる。
「あ~あ、俺、もう死んじゃおうかな~」
「ニャ? そりゃまたどうして?」
お姉さんの顔から、笑顔がスッと消えた。
「……ぶっ殺すよ?」
お姉さんの目はマジだった。急に酔いが醒めて静かな怒りを込めてハルを睨みつけていた。
「い、嫌ね。お、俺は異世界転生してるわけです……よ」
急にピリピリした空気を醸し出したお姉さんに対してしどろもどろになりながら説明する。どうして、彼女がいきなり怒ったのかわからないまま。
「現実世界で一度死んで、こっちの世界に来たんだから、また同じように別の世界に転生されたり、今度は現実世界に転生したりあるかもしれないじゃないですか~。だから、一回死んでリセットしてみよっかなぁ~って」
やだな~、も~っと脂汗を浮かべながら弁明する。
ハルが話している間、お姉さんはピクリとも顔の筋肉を動かさなかった。
「じゃあ、いっぺん死んでみる?」
「へ?」
お姉さんの手が腰へと動いた。
そして、煌めく何かを取り出すと、ハルの顔面へ向けて投げつけた。
「イテッ!」
それは金属でできた、ペンだった。
顔にぶち当たったペンを受け止め、ポカンとしてお姉さんを見ると、彼女は酒樽を机の上から一掃し、一枚の紙を叩きつけた。
「書きなさい、名前を」
「え? あの、これ何の書類……」
「書け」
ハルの質問を一喝する。
お姉さんの変貌にすっかりハルは怯えてしまい、「あっ、はい」と自分の名前を書く。
「あなたは不合格」
「へ?」
「だけど、仮合格としといてあげる」
「メイディから話を聞いてどんな人間かと思ったけど……まぁ人員不足だからいいわ。明日からうちの隊で働いてもらう。そのつもりでよろしく」
「いきなり、不合格と言われた上に勝手に働き口を決められても。困……」
物事を考えようとすると、頭がぐるりと回る。
「酒が、頭を……もう限界……」
店の酒を飲み尽くすほどの勢いで飲んでいたハルには、もうろくな思考力は残っていなかった。
そのまま目を回して、ハルの体は横に倒れた。
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