第四話 絶望の先の出会い

 肩を落としながら、王城からの帰り道を歩く。学校からの帰りによく通った河原道だ。オリーや友達と一緒に歩いて帰り、笑顔が水面に映し出されたこの道も、今は一人で俯き暗い顔のハルしか映し出していない。


「ハァ~、もう自殺してしまおうか。一回異世界転生できたんだから、どうせまたできるだろ」


 と、口では言ってみる。そんなうまい話あるわけがない。二度あることは三度あるというが、奇跡は二度も続かないという言葉もある。

 だけど、こんなに上手くいかない異世界転生なら、一度やり直した方がいいのではという思いが湧き上がっても仕方があるまい。

 ちょうど、すぐそばに河があるし。


「でも、溺れ死ぬって結構苦しそ……」


 バシャバシャと水面が叩かれている。


「誰か溺れてる!」

「助けないと!」


 すぐそばで女性の声がしたが、気に留めている時間はない。川に飛び込み、ハルは水しぶきが上がっている地点まで目がけて一直線に泳いだ。

 だが、体がだんだん流されていく。

 王都の真ん中を流れる川は上流からの氷水が流れ、大量の水が押し寄せるため流れが速い。

 だから、うかつに入って溺れるものが後をたたない。

 最初は順調に要救助者目がけて泳いでいたハルだったが、体力を消耗し勢いがなくなっていく。

 このままではミイラ取りがミイラになる。そう判断したハルはいったん泳ぐのをやめた。

 手足をそろえて、水の中に体を沈ませる。

 そして、人差し指を一本たて、水中で陣を描き始めた。ハルの指先から光が浮かび、魔法陣を形成していく。


「『アダプテーショ』」


 魔法名を宣言し魔法陣を発動させる。魔法陣はハルの体に吸収されると、ハルの体を白い光の膜が包んだ。

 そのまま水中を潜水していく。先ほどは水流に流されていたハルの体が今回はすいすいと進んでいく。

 水の中だというのに視界もばっちりと開かれており、溺れている人へ向けて迷わず進んでいく。

 体を掴んだ。


「よし! もう大丈夫だ!」


 浮上し、腰を掴んで体を固定させる。


「あぶ、あぶ……あっぷ!」


 女の子だった。助けが来たというのにまだもがいている。


「大丈夫、大丈夫、俺が岸まで連れていくから。暴れるなよ……」

「あぶ、あぶ、あぶぅぅぅ‼」


 優しく諭すが、女の子の耳には届いていない。手足を激しく振り回し、彼女の裏拳がハルのあごにヒットする。


「ッテェ……暴れるな‼」

「ヒッ………!」


 カチンときて思いっきり怒鳴りつけてしまった。彼女は怯え、結果的に助けやすくなった。


「安心しろってすぐに岸まで連れていくから」

「はい……」


 固まったままの彼女をそのまま岸まで連れていく。自ら引き上げ、地面に彼女を横たえると、「ゲホゲホ」と水を吐き、体を起こした。


「助けて……ゴホッ、いただいて……! ありがとうございました」


 ツインテールで黄色いローブを着ていた。魔力増強用の青いオーブをペンダントとして首にかけている所から見て、彼女は魔法使いなのだろう。だが、その魔法使いがどうして川で溺れていたのか。


「大丈夫か? あんた補助魔法は使えないのか? 使えないのにこの川に入ると危険だぞ」

「私、攻撃魔法に関するしか覚えてなくて。筋力増強とかそういうのは人にかけるのは覚えているんですけ……そうだ! 帽子!」


 頭を押さえて、また水の中へ入ろうとする。

 慌ててハルは女の子の手を掴んだ。


「帽子って、川に落ちたのか? だから、さっきは水の中に入ったのか?」

「早くいかないと流されちゃう!」

「お前が行っても流されるよ。泳げないんだから」

「でも!」


 仕方がない。

 水面には帽子の姿は影も形も見受けられないが、このままだと彼女はまた溺れるとわかっていつつも川に入ってしまう。


「俺が行く」

「その必要はないわ」


 金髪の女の子が三角帽子を片手に立っていた。彼女の全身もずぶぬれで、濡れて前にかかった髪をかき上げる。


「あ……あんたは……」


 美人だった。女神像が全身に色を付けてそのまま歩いているほどの整った顔立ちの彼女は、胸ポケットから光る連なった何かを取り出して顔にかけた。

 眼鏡だった。青い縁で彼女の聡明さを表しているかのようだった。


「これでしょう? あなたの帽子は」

「は、はい。そうです!」


 金髪の少女から差し出された帽子を受け取って、ローブの子は頭を下げる。


「ありがとうございました! 私、レイス・リペアハートと言います。これの帽子は妹から誕生日に貰った大切なもので。拾ってくれて本当にありがとうございました……あの、お名前は?」


 レイスは大切そうに帽子を握りしめて名を尋ねた。


「ああ、俺の名前はハル・サバイ」

「あ……」


 ハルが名乗った瞬間、レイスは気まずそうな目でハルを振り返った。そう、名前を尋ねたレイスの視線は金髪の彼女へと向けられていた。

 ハルは、ちょっと空気が読めなくて出しゃばったやつみたいになっていた。

 だけど、彼女自身を助けたのは自分なのだから、そう気不味そうに見ないで欲しい。


「もしかして、俺が助けたこと忘れてた?」

「え⁉ あ、いや、そんなことはないですよ! しっかりばっちり覚えてますよ!」


 わたわたと慌て始める。この女、自分がおぼれて助けられていたのをすっかり忘れていたな……!

 ハルたちのやり取りを打ち切り、金髪の少女は首を振った。


「お礼なんていらない。私は私のできることをやっただけ。あなたが助かってよかった」


 手を振り、苦笑する金髪の少女。


「そんなことを言わずに……せめてお名前だけでも」

「……メイディ・キャスターよ」

「メイディさん、素敵なお名前……!」


 顔に手を当ててポーッとメイディに見惚れる。

 自分が助けた時と反応が違いすぎて、若干ジェラシーを覚えるハル。


「お~い、帽子見つかったぁ~~⁉」


 遠くの方からこちらに手を振る少女がいた。


「あ、妹です。私もう行かないと。メイディさん、大切な帽子を拾ってくれてありがとうございました! それでは! あ、そっちの男の人も!」


 ぺっこりと首を下げてレイスは妹の元へと去っていった。


「完全についで扱い! 俺の名前覚えてないし! あ~ぁ……」


 嫌になるなと思いながら、頭を掻き、振り返る。


「…………」


 メイディ・キャスターとばっちり目があった。彼女は何を考えているのか、ジッとハルの顔を無言で見つめ続ける。

 初対面の彼女と何を話せばいいのかわからず顔が赤くなる。ただ偶然通りかかって、レイスを助けに川に入ったことしか共通点がない。


「あ、そ、それじゃあ……」


 俯き、目を逸らしながらメイディの横を通り過ぎていく。

 軟派な男なら、「君凄いね、俺と同じように女の子を助けに川に飛び込むなんて。ちょっとお茶屋に行って話さない?」とか言えるのだろうが。そんな勇気はハルにはなく、勇気をいまだに持っていないことで自己嫌悪に陥る。 

 今日は飲もう。そう胸に誓った。

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