第三話 異世界でも、厳しい現実を知る。

 数年後、ハル・サバイ、十八の歳を迎えた春。

 オーブ王国王城前、多数の受験者と同じようにハルも合格発表の看板の前に並んでいた。

 彼は受験票を握りしめ、にこやかに笑い、


「落ちました」


 誰にともなくつぶやいた。

 合格者の名前に「ハル・サバイ」の名前はなかった。他の受験者と同じように泣きたくはなかったので精いっぱい口角を上げて笑っていた。

 何故泣きたくないのかというのも……、


「お~い、ハル。お前はどうだった?」


 にこやかにハルに向かって手を振る親友のオリーに涙を見せたくなかったからだ。全開で彼は笑っている。受験票もしわ一つついていない。綺麗だ。


「お前はどうだったんだよ?」

「俺? 受かったぜ~~~~! イェイ‼」


 にこやかに笑って両手でピースを作る。


「鬱陶しい、男のエヘ顔ダブルピースなんて見たくないんだよ」

「ハルはたまに知らない言葉を使うなぁ。で、どうだったんだよ。教えろよ」

「ヒッ、ヒッヒッヒッヒッヒッ! 落ちたァ! 落ちたさァ‼」

「引き笑いやめろ。落ちて悲しいのはわかるが……」


 ちょっと動揺してキャラが崩壊してしまった。

 なぜ不合格になったのか、自分が一番よくわかっている。

 ハルには才能がなかった。

 剣の才能も攻撃魔法の才能も平均的。どんなに頑張ってもオリーのような剣の才能に恵まれているような奴には勝てないと、心の奥底で腐ってしまっていたからだ。

 そう思ってしまう時点で、自分には冒険者の才能がないと自覚させられてしまう。

 やる気があったのは最初だけだった。頑張っていないことはなかったのだが、絶対に合格するほど頑張りは足りていなかっただろう。

 そこそこ頑張り、そこそこ怠け、普通に落ちた。ただそれだけだ。以前の人生と何ら変わりはない。


「ん~、でもオリーが受かるとは思わなかった」

「おいおい、ひでぇな。俺だって頑張ってたんだぜ」


 知ってる。彼は頑張っていた。今言ったのは精いっぱいの強がりだ。ハルの何倍も努力し、ハルよりもはるかに才能があった。剣も習った次の日には完璧に技を習得し、攻撃魔法も最初は術式を理解するのにハル同様苦労していたが、すぐに理解し、基礎攻撃魔法は完璧に使えるようになっていた。

 彼はハルとは違うのだった。


「羨ましい、殺そうかな」

「目がマジ目がマジ……やめろやめろ」

「で、どうすんだよ? 冒険者になるのか?」


 冗談はさておいて、今後の進退に聞いて尋ねる。

 学校も卒業したため、冒険者に受かったのなら、旅をするべきだ。


「ああ、有名なギルドに知り合いがいるんだ。とりあえずそこに入ってみて、冒険者がどういうものか勉強をしてみるよ」

「お前は真面目だな。冒険者免許を取ってからもまだ勉強かよ」

「人生そんなものだぜ?」

「人生ねぇ……異世界に来てまでそんな言葉を聞きたくはなかったよ」

「お前何言ってんだ?」


 馬鹿を言うなと呆れた目で見るオリーは更に言葉を続ける。


「お前こそどうするんだ? 家業を継ぐのか? お前んちは商人だったな……」


 ハルの父親、ザムザは毎日毎日客に愛想を振る舞いながら薬草や毒消し草を売っては、夜にそろばんをはじいてひたすら経理の仕事をしていた。そのそろばんをはじく背中が現実世界でパソコンを叩いてていた自分とダブるため、正直家業は継ぎたくない。


「お前は嫌だと思うが、そういうのお前には向いていそうだが……」

「嫌だよ、やっぱこっちの世界に来たからには冒険者になりたいし、来年また受験しようかな」

「来年の受験? そんなものないぞ?」

「ハァ⁉」


 衝撃の情報にハルが飛び上がる。


「国が保証できる人間の数を絞るための制度なんだ。一回受験に失敗したら、次のチャンスはないぞ。一生に一度きりだ」

「そんなの……俺聞いてない、聞いてなああああああああああああああああああ~~~~い‼」


 ハルの絶叫が王城前に響き渡る。他の受験者が何だ何だとハルに注目し、ぼそりとオリーが「前に一回言ったぞ」とつぶやく。

 こうして、ハルの異世界英雄譚の幕が開くことはなかった。

 本当に、開くことはなかった。よくある物語では、実は補欠合格してました。だとか、免許がなくても旅に出て、免許がなくても魔王を倒しました。みたいな英雄譚が繰り広げられるのだろうが、この物語に関してはそんなことは決してない。

 ハル・サバイは異世界転生はしたが、英雄にはなることはない。

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