第二話 ようこそ異世界へ

 晴が次に意識が覚醒したのは見知らぬ天井の下だった。

 コンクリートではない、レンガ造りの家の中、簡易的な布の服を纏った中年の女と男が晴の顔を覗き込んでいる。

 誰だ、あんたら……?

 そう尋ねたつもりだったが、晴の口を付いて出た言葉は、


「あぶ、あぶあぶら……?」


 言葉にもならない、赤子の鳴き声のような音だった。


「あら、起きたのね。私の愛しい子」


 中年の女が笑顔で晴の体を抱きかかえる。

 簡単に抱きかかえられてしまった。それにちらりと見た自分の手が、指が異常に小さかった。間違いない、自分は赤ちゃんになっている。


「これからどんな男になるんだろうな。世界を旅する冒険者になるといいな」


 中年の男が晴の姿を見て目を細める。

 晴は確信した。間違いない、俺は異世界転生を果たしたのだ。ということは、俺の最後のセリフは「マスダァ~」という間抜けなセリフになるのか。なんてことだ、やり直しを要求したい。

 そんな晴の声を聴き届けるものはここにはおらず、晴は抱きかかえられたまま、運ばれていく。


「大きくなるのよ。ハル」


 名前一緒かい。

 どうせ異世界転生したのなら、クレスとかクラウドとかそんなかっこいい名前が良かった。

 父親らしき中年の男はしみじみと晴の頬を撫でながら言った。


「高望みはしないが健康で、勇敢な男の子に育ってくれ。だが、できるのならば冒険者となり、英雄と言われるような大きな男になってくれ」


 高望みしてんじゃねえか。

 こうして、サバイ家の長男として晴は転生した。

 ハル・サバイの異世界生活はこうして始まった。


            ×     ×     ×


 ハルは現実世界と異なる世界、シュエラースにて記憶を持ったまま生まれ変わった。

 剣と魔法のファンタジー世界。空は竜が飛び、地をゴブリンがはい回る。各地には過去の文明が残した遺跡がダンジョンとなり、遠い大陸には魔王の城があり、そこから魔物を支配していた。

 ハルはシェエラースに来て興奮した。こういう異世界転生はたいてい特殊能力を持ったり、特別な魔法を習得していたりしていることが多い。自分にも何か特別な力があるんじゃないかと思うのは無理もない。


 ――――が、何もなかった。


 ハルはその世界ではいたって普通の凡人として生まれ、特に魔法の才能があるわけでも、剣の才能があるわけでも、世界でただ一人しか使えないような能力も持っていなかった。

 ハルの父親、ザムザ・サバイの高望みは天には届かなかった。

 よく考えれば、そう言った異世界転生物ではつきものなにもない部屋での神との対話的なイベントは全くなく、超能力や超魔法を授けられるフラグを全く立てていなかった。

 前の現実世界は甘くなかったが、異世界も甘くなかった。いや、そこは甘くしてほしかった。

 そうして、ただ現実世界の記憶を持っただけの凡人としての異世界生活が始まった。あまり楽しくなさそうな異世界生活だと思ったが、案外と前世の記憶があるというのは役に立った。

 そんなに大した経験もしていないが、仮にも三十五年は生きたのだ。平凡ながらそれなりの経験もしてるし、そこそこの知識もある。ゼロからスタートし、周りが見えておらず、知識もない子供達よりどこか達観した見方ができたため、リーダーシップがあり、人の仲を取り持つことが得意になり、学校の中心になった。

 学校隊長という、いわば生徒会長に近いポジションにつき、友人もたくさんできた。そしてこのまま順調に冒険者になろうとしたが、壁があった。


「冒険者になるのに、試験があるのかよ……」


 ハルが住んでいるオーブ王国では外の世界を旅する冒険者は資格制になっていた。


「そりゃな、冒険者は基本的に何をやってもいいんだ。街の人間のものを勝手に盗っ

たり、犯罪を犯している人間を自分の判断で罰したりっていうのも許可されている。だけど、それはあくまで魔王、魔物を倒すために冒険者が力を付けなければいけないっていう考えのもとでやってることで、誰でも好き勝手っていうわけにはいかない」


 そうハルに説明してくれるのは冒険者学校に入って以来の親友オリー・ディリシティだ。


「冒険者は宿を無料で借りたり、もし万が一旅先で全滅したときに教会が一人だけ無料で生き返らせてくれたりと破格の待遇を受ける。そのお金は王国が出してくれて、国のお金は相応しい人間に使われなければならない。だから、冒険者試験制度を作って、ふるいにかけてるんだよ」


 オリ―の話を聞いて、理解はしたが腑に落ちなかった。


「じゃあ、落ちた人間は?」

「冒険には出れない。この王都で平和に暮らすしかない」

「合格率ってどんなもん?」

「毎回の平均は一%ぐらいだな」

「⁉」


 東大に入るより難しいじゃないか。


「ちなみに冒険者試験不合格者が旅に出るとどうなるの?」

「冒険者免許がないと国の保証が受けられない。万が一全滅した場合、免許と救助を呼ぶ聖なる笛が与えられないから、死ぬ確率がグッと高まる。それ以前に犯罪だから、魔王を倒して国に帰ってきたとしても犯罪者として牢屋に入れられる」

「俺の異世界転生。ちょっとハードル高すぎないか?」

「何の話だ? まるで意味がわからんぞ」


 その日から、ハルは猛勉強をした。冒険者になり、魔王を倒し、勇者となってハーレムを築いてやるという夢を胸に。

 生前はモテなかった。だ・か・ら、絶対に、絶対にハーレムを築いてやるんだ!

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