第一話 現実からの旅立ち

 鯖井晴さばいはるはどこにでもいる普通の学生だった。普通に勉強し、普通に試験に落ち、特に努力をしないまま、専門学校に行き、ゲームプログラマーになりたいと思いつつも現実にぶち当たり、普通の下請けプログラム会社に入社し、毎日毎日夜遅くまでキーボードを叩き続ける日々を送っていた。


「あ~あ~……」


 納品先から土壇場で急な仕様変更を要求され、今日も晴は家に帰ることができず、時計の針が新しい一日の始まりを刻んだ。

 暗いオフィスの中、もうほとんど人がいない。残っているのは晴と今年入ったばかりの新入社員、増田君だけだ。彼は晴の部下で、晴が働いているというに、アイマスクをして眠りこけている。


「堂々とサボりやがって、まぁいいけど。あいつが起きてると仕事は増えるだけだし……」


 増田君は中々仕事を覚えない。いつまでたってもろくにプログラミングができず、バグを作り続け、そのたびに晴がフォローしていた。


「あいつがいなければ、今週は何回か家に帰ることができたんだけどな。あ~あ、早く辞めてくんねぇかなぁ」


 愚痴るが言っても仕方がない。

増田君は社長の息子なのだから、コネで入社し、ろくに学校も通っていないのに部下に付けられ、しかも次期社長になるのだからしっかり教えろと晴の上司が教育が係に付けられた。

そう、最初は増田君は晴の部下ではなかった。ただの後輩だった。だが、あまりにもやる気のない増田君に晴の上司は匙を投げ、投げた先に晴がいた。上司にこっそりと押し付けられた増田君のやる気のなさ、ポンコツっぷりに晴の睡眠時間は削られ、半年はほとんど寝ていない。


「くそ、もうこの会社辞めてやろうか……って辞表一回叩きつけたんだった。ハハ……」


 あんなクソみたいな息子を入社させる会社なんて辞めてやると、社長に辞表を持っていったが、「今君に抜けてもらうと困るし、どうせ転職先の当てなんてないんでしょう?」と言われて晴は辞表を引き下げた。


「転職なんて、高卒の俺にできるわけないしな……ああ、もうこのまま死んでしまおうか」


 と、言っても首を吊る勇気などないわけだが。


「人間そんな簡単に、死ぬことなんて……できない、もんだけど……」


 パソコンと睨めっこをしているうちに急速に眠気が襲ってきた。

 やばいこのままじゃ寝落ちする。眠らないために独り言をひたすら喋っていたが、もう限界が来そうだ。


「増田ぁ~! 俺もうすぐ寝そう、何か喋れ~、増田ぁ」


 晴の頭がカクッ、カクッと上下し始める。こんな時ぐらいは役にたてと役立たずの部下を起こそうとするが、一向に起きる気配がない。


「増田ぁ、ます……」


 ダメだ。もう疲れもピークだ。


「もうダメ、ちょっと寝るから。一時間たったら起こせよぉ……増田~」


 このまま目を開け続けるのは無理と判断し、目を閉じる。

 そのまま、晴の意識は深い闇の中へ落ちていき………二度と鯖井晴として目覚めることはなかった。

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