涼side
73
――俺は……ここにいるよ……。
舞さん……。
希ちゃん……。
泣かないで……。
自分がこのまま命を落としたとしても……それが俺の運命なんだ……。
俺は希ちゃんの傍にいき、優しく頭を撫でた。
『大丈夫だよ……泣かないで……』
俺の横にスーッと翔吾が現れた。
翔吾の姿をハッキリ見たのは、初めてだった。
翔吾は舞さんと希ちゃんを、黙って背後から優しく抱きしめた。その瞳には……涙が滲む。
『……翔吾さん』
翔吾は幽体離脱している俺を見つめ、申し訳なさそうに頭を下げた。
『涼、君の体を傷付けるつもりはなかったんだ。本当に……申し訳ないことをしたと思っている』
『翔吾さん、俺のことは気にしないで下さい。舞さんが手術の決心をしたのは、翔吾さんと再会出来たからです』
『……そのために、君は生死の境を……』
『俺はもともとこの世に生を受けることのなかった命です。俺を甦らせこの世に送り出してくれたのは、翔吾さんだ……。そのお陰で希ちゃんと巡り合うことできました。わずか十八年の人生ですが、悔いはありません』
『そうか。俺ももうこれで……思い残すことはない』
翔吾は天を見上げた。
『どうやら迎えが来たようだ……』
きらきらと煌めく光が上から降り注ぎ、翔吾の体を包み込む。
『……翔吾さん』
『涼、ありがとう』
翔吾は光に包まれ、上へ上へと昇っていく……。
天井に吸い込まれ消えゆく光を……俺は涙を浮かべて見上げた。
◇
―夏が終わり、季節は秋へと移り変わった―
あの事故から一ヶ月経っても、俺は目覚めることはなかった。
人工呼吸器を装着し、俺の手も足も動くことはなく、生きているというよりは、生かされている状態だった。
俺はこのまま死んでしまうのだろうか……。窓際に立ち、空を見上げる。
いつか俺にも、翔吾のように迎えがくるのかな……。漠然と死を感じながら、それでも俺はこうして生きている。
病室のドアが開き、親父と片岡医師が入ってきた。
「片岡先生、息子の意思を運転免許証の裏面と手紙で確認しました。万が一、脳死に陥ったなら、その時は臓器移植コーディネーターの話を聞きたいと思っています。ですが……もしも回復する可能性があるなら……」
「お父さん。以前もお話しましたが、脳死と植物状態は異なります。息子さんの脳幹の機能は……」
「わかっています。片岡先生、どうか息子を生かしてやって下さい……。もしも容態が悪化し、脳死判定された場合……、息子の臓器は全てドナーとして提供します」
「ご家族で話し合われたのですか。現時点で息子さんの容態はこれといった変化はありませんが、万が一、合併症を併発し脳幹を含む脳全体の機能が失われてしまえば、容態が急変する確率は極めて高い。そうなった場合を踏まえ、一度お話を聞かれてみるのもいいかもしれません」
親父は目にいっぱい涙を溜めて、医師に深々と頭を下げた。親父の隣で、お袋が声を震わせて泣いていている。
『親父、お袋、ありがとう……』
数日後、片岡医師のはからいで臓器移植コーディネーターの話を聞き、親父もお袋も泣いていた。
いつも賑やかな三人の弟達もみんな泣いていた。
死に直面し、初めて自分が幸せだったことに気付く。
それだけで、もう……十分だよ。
――そう感じた瞬間……。
体がスーッと楽になった。
ああ……いよいよなのかな……。
ありがとう……親父。
ありがとう……お袋。
ありがとう……瞬、悠、恵。
親父とお袋のことを……頼んだからな。
俺は瞼を閉じ、意識を手放した。
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