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母にとって大切な人とは……
恋人……?
母には父の他に恋人がいた……!?
「ママにとって、彼はとても大切な存在だった。でもあの事故で、翔吾は亡くなり……。ママの心も……あの時一緒に死んでしまった……」
私は母の告白に驚き、衝撃のあまり言葉を発することが出来なかった。
「ママが……角膜移植手術を拒んだのは、現実を見ることが怖かったから……。翔吾のいない人生なんて……私には考えられなかった。ママは……翔吾のあとを追って、屋上から投身自殺するつもりだったの……。その時、ママを助けてくれたのが……パパだった。パパはね、ママだけではなく、希の命も助けてくれたのよ……」
「えっ……? 私の……命?」
母はまだ錯乱しているのだろうか……?
母の話にトクントクンと鼓動が速まる……。
「あの時、ママは翔吾の子供を妊娠していたの。ママはあなたを一緒に道連れにするところだった。パパはそんなママを慰め、励まし、優しく包み込んでくれた。希がお腹にいるのを承知で、御祖父様や御祖母様の反対を押し切って結婚をし、希を自分の子供としてたくさんの愛情を注ぎ大切に育ててくれた……」
「そんな……。この人が私の本当のパパだっていうの……?」
私は冷静ではいられなかった。
今まで父だと信じていた人が実父ではなく、突然別の人が父親だと告げられるなんて……。
「こんな話をしても、希は信じられないと思うけど……。明日香君のお母さんは、翔吾が死んだ同じ日に、切迫流産でこの病院に入院されていたの。明日香君も母胎で生死をさまよっていたのよ。同じ日の同じ時刻に命を落とした二人は……不思議な力によって命を吹き返した。翔吾は……明日香君の体を借りて、もう一度ママに逢いにきてくれたの……」
とても正気とは思えない母の作り話に、私は混乱している。
「……そんな話、信じられるはずがないわ。全部嘘よ……。ママは事故のショックで錯乱してるのよ」
泣きながら狂ったように叫ぶ私を、母が抱き締めた。
「ママも……初めは信じられなかった……。全部偶然だと思ったわ。でも、『クラクションを二回鳴らす』と聞いた時、もしかして……と思ったの。二人でよく聞いたミュージシャンのCDやライブ、二人でよく行ったお店。全部、全部、偶然だと思いたかった。でも、昨日……彼は公園で二人しか知らない話を沢山してくれたの。ママも半信半疑だったけど、彼は翔吾だと確信した……」
「そんな非現実的な話、私には……理解できない……。それが本当だとしても、明日香君が死ななければいけない理由にはならないよ」
「わかってる。ママだって、明日香君には生きていて欲しい。でも明日香君が……翔吾の記憶を持ったままこの世に生まれてきたことは真実なのよ」
母は全てを語ると、私を抱き締めたまま泣き崩れた。
「……明日香君、ごめんなさい。希……本当に……ごめんなさい」
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