【9】祈り

希side

69

 母は病室で意識を取り戻した。


「ママ……」


「希……。ママは……車で……。翔吾は!? 翔吾は……!?」


 母は両手を伸ばして誰かを探している。


「ママが一緒にいたのは明日香君よ……。明日香君が大変なの……。今……緊急手術中なんだよ……。明日香君が死んだら……私……私……」


 私は声を上げて号泣した。


「私が一緒にいたのは……明日香君? そんな……」


 母は絶句して、頭を抱え込む。

 必死で記憶を手繰り寄せ、明日香君が自宅まで迎えに来てくれたことを思い出したようだ。


「でも……公園にいたのは……確かに翔吾だった。あれは……間違いなく翔吾だった……」


「……翔吾?」


 その名前はどこかで耳にしたことがある。

 でもどこなのか思い出せない。


 どうして母がその名前に拘るのか……

 私には理解出来ない。


「十九年前の事故で翔吾は死んでしまった……。翔吾がこの世にいるはずはない。だとしたら……あの公園にいたのは……誰なの!?」


 母は悪い夢でも見ていたのだろうか……?

 十九年前の事故って……失明した時の事故?


 母はあの時、男の人と一緒だったの?

 それとも、母の意識は混濁しまだ錯乱しているのだろうか。


「事故の瞬間、咄嗟に翔吾が私に覆いかぶさった気がした。でもあれは、翔吾ではなく明日香君だったの……?」


「……ママしっかりして! ママ……。一緒にいたのは、翔吾って人じゃない。明日香君なのよ……」


「明日香君が……私を……!?」


 涙が溢れて止まらなかった……。

 母はあの事故で奇跡的に軽症ですんだが、そのために明日香君は……。


「希……。ごめんなさい、ごめんなさい」


 母は泣きじゃくる私に謝罪し、ゆっくり話し始めた。


「希……あなたに話さなければいけないことがあるの。落ち着いてよく聞いてね。ママのバッグはそこにある?」


「あるよ……」


「バッグを開けて探して欲しいの。その中に小さな写真ケースがあるはずよ」


 私はガサガサとバッグの中を探る。

 コツンと指先に固いものがあたった。


「ママ……あったよ」


「それを開いてみて……」


 白い写真ケースを開くと、中には一枚の写真が入っていた。


 その写真には、私の知らない男性と母が二人で並んで写っていた。若い頃の母……。でも、隣にいる男性は私の父ではない……。


「ママ……この人は誰なの?」


「その人は立花翔吾さん。ママが十九年前に交際していた人なの。まだ学生だったけど将来は結婚の約束をしていた。二十歳の時に……その人の車に同乗していて事故に遇ったのよ。彼はママを白い車で大学まで送迎してくれたの。

 朝、クラクションを二回鳴らす。それが……私達の合図だった。ママにとって翔吾は……とても大切な人だったの」

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