35

 希ちゃんの家の駐車スペースに車を停める。遥ちゃんが後部座席から飛び降り、玄関のチャイムを鳴らす。


 車中から庭が見えた。

 舞さんが縁側に座り空を見上げている。


 家の中から希ちゃんの声がした。


「ママ、友達が来たよ」


「はーい。今行くわ」


 舞さんがにっこり笑い、壁に手をあて立ち上がる。

 その笑顔に、俺は懐かしさを感じた。


「こら涼、またママさんに見とれてる。鼻の下を伸ばして、なに見とれてんだよ」


 田中にパシッと頭を思いっきり叩かれた。


「見とれてねーよ」


「はいはい。愛しいママさんに逢いたいなら、さっさと車から降りて下さい」


「田中、みんなの前で変なこと言ったら許さねーぞ」


 田中に自分の胸の内を見透かされているようで、俺は動揺していた。


 玄関のドアが開き、勢いよく希ちゃんが飛び出した。

 可愛らしいピンクの花柄のワンピース。フルーツみたいな甘い匂いがふわりと舞う。


「みんないらっしゃい」


 玄関先に舞さんが立っていた。今日はサングラスをかけていない。目鼻立ちの整った美人。とても目が見えないとは思えないほど、澄んだ瞳をしている。


 家の中は、玄関も廊下も手摺りが付けられていた。舞さんは優しく微笑み、そっと手摺りに触れている。


「いらっしゃい。よく来てくれましたね。さぁどうぞ、上がって下さい。今日は希が張り切ってお菓子作りをしたのよ。お味は分からないけれどね」


 舞さんは冗談ぽくクスリと笑った。


「ママ、それは言わないで。明日香君、田中君、上がって」


 田中がコホンと咳払いする。


「本日はお招きありがとうございます。これ、母からです。つまらないものですがどーぞお受け取り下さい。お言葉に甘えておじゃまします」


「……まあ、お気遣いすみません。お母さんに宜しくお伝え下さいね」


 田中にあんな立派な挨拶が出来るとは思わなかった。手土産まで用意していたなんて、俺の立場はないな。


「おじゃまします」


 舞さんは手摺りを伝いながら、ゆっくりと歩く。その後ろ姿を見ているだけで、泣きたくなるような衝動に駆られる。


「どーした涼?」


 小さな声で田中が耳打ちする。


「いや……何でもない」


 泣きたい感情をぐっと抑え、リビングに入った。


 いつも捌けている俺の家とは比べものにならないほど、綺麗に整頓された室内。


 白いテーブル、白いソファー、白い飾り棚の上には、写真立てが置かれていた。足元にフワッと何かがあたり思わず飛び上がる。


「ミャーミャー」


「なんだメイか。大きくなったな」


 俺はあの時拾った仔猫を抱き上げた。

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