21
熱心に本を読みあさっていた時、背後から声を掛けられた。
「明日香君って、そういうジャンルに興味があるんだね」
「……えっ?」
その柔らかな声の主は希ちゃんだった。
「あっ……いや……そうじゃなくて、これはその……」
しどろもどろになりながら、慌てて本を片付けて両手で抱え元の場所に戻す。希ちゃんは「慌てて隠さなくてもいいのに」って、クスクス笑った。
「だから違うんだってば。希ちゃんは一人で図書館に?」
「うん。時々図書館で勉強したり、参考資料を借りたりするの。来年は受験だしね」
「そっか、光鈴大学に進学しないの?」
「勿論、進学したいと思ってるよ。でも内部試験もあるしね」
「勉強熱心なんだね。メイは元気?」
「うん。すっごく元気。食欲もあるし、家の中を飛び回って悪戯ばかりしてる」
「そっか、よかった」
図書館を出て、自転車を押しながら二人並んで歩く。
希ちゃんと二人きりだなんて、こんなチャンスは二度とないかもしれない。いつもガチャガチャと煩い田中や上戸がいるから。
俺はずっと気になっていたことを、希ちゃんに投げ掛ける。
「希ちゃんのお母さんは目が見えないのは生まれつきなの?」
「ママは……交通事故で失明したの。角膜移植すれば視力は回復するのに。そのことにママは触れて欲しくなさそうで、事故の詳細も私は聞いてないんだ。パパは三年前に病気で亡くなったんだけどね……。それからママもふさぎ込むことが多くて、メイはそんなママを癒してくれてるんだよ」
「……希ちゃんのお父さんはどうして?」
「パパは病気で……。『医者の不養生だな』って、パパが……」
「希ちゃんのお父さんは医師だったんだね」
事故のあとに希ちゃんの父親と結婚したのなら、舞さんはどうして目の手術を拒むのだろう?
我が子の顔を見たいと思うのが、母親の心情じゃないのかな?
――それに……舞さんが幸せに暮らしているのに、俺はどうして翔吾の記憶を残したまま、この世に生まれて来たのだろうか……。
一体……翔吾は俺に何を望んでいるんだ。
「どうしたの明日香君? なんか元気ないね。私の話なんて……つまらないよね。やっぱり田中君がいないと楽しくないのかな」
「はぁ? 何で、田中なの?」
ダダダダッと足音がし、その殺気に思わず振り返る。
「とりゃあぁーー!」
背後から田中が激突してきた。
俺は弾き飛ばされそうになる。
「俺の耳は地獄耳なんだからな。ちゃんと聞こえたぞ。何だよ、何だよ。二人で仲良く歩いちゃって、まるで付き合ってるカップルみたいじゃないか。お前、この間のドライブから変だよ。急ブレーキを踏んだことは謝るけど、メイも無事! 俺らも無事! いつまでも怒んなくてもよくね? お前がコッソリ下校するから、おかしいと思ってたんだ」
いつものことながら、一人でまくし立てている。本当に空気の読めないヤツだ。
「そんなこと、怒ってねぇし」
「だからその態度がなんだかなぁ。やっぱ怒ってんじゃん。ねっねっ希ちゃん! こいつ、なーんかムカつくよな」
「そんなことないよ。明日香君、元気なかったけど田中君が来たから、私といるより楽しそうだし。私もう行くね。駅で遥が待ってるし。じゃあまた」
希ちゃんはペコッて頭を下げると、少し寂しそうな目で俺を見つめ、くるりと背を向けて走り去った。
「おい、おい! 希ちゃんスゲー寂しそうな目をしてたぞ! お前何かしたのか?」
「何もしねぇよ。お前が邪魔するからだよ」
「邪魔で悪かったな。でも最近のお前は本当に変だよ。どこか気持ちが上の空だし、悩みがあるなら俺に言えって……。俺達、親友だろ」
神妙な面持ちの田中。
全然、お前らしくないから。
「何もねぇよ。今日、俺自動車学校だから。またな」
田中に本当のことを話しても、理解されるはずはない。
前世の記憶なんて、誰が信じるんだよ。
俺は田中と別れ、自転車に跨がった。
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