20
―二千十七年 春――
『涼……涼……君に……頼みがあるんだ……』
◇◇
「涼! 涼!」
「明日香君! しっかりして。明日香君……」
俺の名前を呼ぶ声がする……。
ゆっくり瞼を開けると、仔猫を抱き心配そうな眼差しで俺を見つめている希ちゃんの姿が視界に飛び込む。
「もう、びっくりさせんなよ。急ブレーキで気を失うなんて、こっちの寿命が縮まるぜ」
「明日香君……気がついてよかった……」
希ちゃんがぽろぽろ泣いている。
遥ちゃんが田中を叱責した。
「何、責任転換してるの! 全部田中君のせいだからね! 明日香君、仔猫も無事だから安心してね」
「あぁ……驚かせてごめん……」
ゆっくり体を起こして、周囲を見渡す。
そこにいるのは田中と希ちゃんと遥ちゃん。
他に男性の姿はない。
あの声は……田中じゃなかった。
――俺の中に……
もう一人……別の人格がいる。
でもこれは精神的な病気や多重人格ではないと、自分自身で確信していた。
――『立花翔吾』は、この世界に存在していたんだ……。
そして希ちゃんの母親『朝倉舞』と交際をしていた……。
俺は立花翔吾の生まれ変わりなのか……?
だとしたら、今まで脳内に浮かんでいたのは……。
立花翔吾の……記憶……。
闇の中で聞いた翔吾の声は……。
俺に何かを伝えたがっていた。
――ふと、昨日テレビで放送されていたスピリチュアルの特集を思い出した。
霊的な不思議な出来事……。
幼児が持つ前世の記憶……。
その時は半信半疑だったけれど、確かに俺の中に立花翔吾の記憶が残っている。
「ドライブ続行するけど、その仔猫どうする?」
「……どうしよう。歩道に戻すとまた車道に飛び出してしまうかも」
希ちゃんは心配そうに仔猫を見つめた。
「田中君が責任取りなさいよ」
「……遥ちゃん、可愛いから飼いたいけど、俺んちマンションだし、母ちゃんは猫アレルギーだから飼えないんだよ。涼は?」
「家は怪獣が三匹いるから飼えないよ。怪獣の餌食にされちまうからな」
「だよな、だよな、お前んちの怪獣は何でも喰うからな」
俺達の言葉に、希ちゃんと遥ちゃんが顔を見合わせる。
「明日香君の家、怪獣がいるの?」
「やだ、希、本物の怪獣がいるわけないでしょう。きっと猛犬がいるんだよ」
「いや、猛犬はいないけど……。似たようなものかな」
仔猫は希ちゃんの腕の中で、「ニャーニャー」と甘えたように鳴いている。
「私が連れて帰る。きっとママも賛成してくれるはずだから。田中君、一緒に車に乗せてもいい?」
「勿論! 俺も仔猫になりたいな。そうしたら、希ちゃんに抱かれて一緒にベッドで寝ることも出来るんだよね。羨ましい~」
「バーカ、田中君の変態! 全然反省してないし、安全運転してよ。私達、まだ死にたくないんだから」
「わかってるよ。涼が気絶すっから、まるで俺が悪いみたいになってんじゃん」
「……本当にごめん」
結局、仔猫は希ちゃんが飼うことになった。車中では仔猫の名前で盛り上がる。
「あんこ」や「だいふく」などの食べ物、「タンポポ」や「さくら」などの花の名前とか、三毛猫だから「ミケ」とか、色々な案が出たけど、イマイチピンとこない。
「運命の出逢いをしたから、メイちゃんはどうかな?」
希ちゃんの案に、田中は「運命ならウンちゃんはどうかな?」と突っ込み、遥ちゃんに背後から頭をどつかれた。
◇
ドライブから数日が経過しても、俺は気持ちの整理がつかなかった。
いまだにあれは夢か現実か、それすらもわからなくて……。
頭の中は、ひっくり返したおもちゃ箱のように混乱したままだった。
自分の目で確かめるために図書館へ出向き、スピリチュアルや霊的なことが書かれた本を読みあさる。
輪廻転生、死後の世界、霊体験、前世の記憶……。
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