17

 ―日曜日―


 田中は亀田を出し抜き、希ちゃんと遥ちゃんと四人でドライブに出掛ける約束を取り付けた。


「二人がよくOKしたな」


「そりゃするだろう。秘策があるからな」


「秘策?」


「涼、今から二人の家まで迎えに行くから。これで二人の自宅もわかるし一石二鳥だよ」


「お前はストーカーか。それより運転が心配だよ。女子高生乗せて大丈夫なのか」


「何言ってんだよ。まだ路上やっているお前とは、ち、が、う、んだよ。俺には一発合格という運転の才能があんの」


 田中は自慢気に鼻で笑った。

 それは俺に対する嫌味か。


 田中の車は代官山へと向かう。


 ――いつもの頭痛が、ズキンと脳の奥を刺激した……。


 代官山の住宅街、その風景は何処か見覚えがある。


 ――あの景色だ……。


 この道……。


 この家並……。


 不思議な感情がわき起こる。


 どこか……懐かしさすら感じたんだ……。


 一軒の家の前で、田中が車を停めた。


「無事到着。どーよ、どーよ、俺って、凄くね? カーナビって天才だよな」


「あぁ……」


 俺はうわの空で、浮かれている田中の自慢話を聞き流す。


 助手席から降りフェンス越しに庭に目を向けると、薄いブラウンのサングラスをかけた女性が縁側に腰かけ、庭を彩る薔薇の花を眺めていた。


 自宅なのにサングラスか……?

 今日は薄曇り、そんなに直射日光は強くないけど。


 すごく不思議な気もしたけど、あまり気にも留めなかった。


「明日香君、本当に自宅まで迎えに来てくれたんだね。凄い」


 希ちゃんが俺を見て笑った。


「ち、違うって。希ちゃん、俺、俺、運転したのは俺だよ。こいつはまだ仮免なんだから。この田中の運転だよ。俺、凄くね?」


「あ……。そーなの? ごめんね、明日香君」


「じゃなくて。なんで涼に謝るんだよ」


「ごめんね、田中君いたんだ。気付かなかった」


 希ちゃんがクスリと笑った。


「は? き、気付かなかった!? 俺は透明人間か」


「クスッ、ごめんね」


 二人のやり取りを聞きながらも、俺は縁側に腰掛けている女性が気になって仕方がない。


 ――何処かで、彼女に逢った気がしたんだ……。


 何処だろう……。


 でも、確かに見覚えがある。


「涼、誰に見とれてんの?」


 田中の声に、希ちゃんが庭を振り返る。


「あっ、私の母です」


「えっ、お母さんなの?」


 希ちゃんは縁側に座っている女性に走り寄り、手を差し延べた。母親は希ちゃんの腕に手を回し、足元を確認するようにゆっくりゆっくり俺達のもとへ歩いて来た。


「はじめまして、希の母です。今日は朝からハシャイで、とても楽しみにしていたのよ。宜しくお願いしますね」


「……ママ、ハシャイでないよ」


 希ちゃんは母親の言葉に、頬を赤く染める。


 可愛いな。


「はじめまして、明日香涼です。俺……何処かで……お逢いしてませんか?」


「何言ってんだよ、涼。お前、ナンパかよ。そのセリフを希ちゃんのお母さんに言うなんて、友達として恥ずかしいぞ。確かにお母さんは超美人だけどさ」


「ナ、ナンパのわけないだろう。本当にどこかで逢った気がしたんだ……」


「まだ、言ってるし……。年上が好きにもほどがある。希ちゃんのお母さんに失礼だろう。すみませんね、お母さん」


 田中に冷やかされながらも、俺は希ちゃんの母親をまじまじと見つめた。


「やだな、明日香君。そんなにママのこと見ないで。ママが照れちゃうでしょう。でも……ママは目が見えないから、明日香君の顔が見れないんだよね」


「えっ……。すみません」


 一瞬、言葉に詰まる。

 だから、サングラスなんだ……。


「大丈夫ですよ。目は見えなくても、お二人の声でどんな方か想像がつきます。とっても楽しくて、希のいいお友達みたいね」


 希ちゃんの母親が上品にクスリと笑った。

 とても美しい笑顔……。


 その口元に、見覚えがあった……。


 ――頭の中に浮かぶあの女性は……。

 間違いなく、希ちゃんの母親だった……。


 俺は混乱していた。

 自分がどうして希ちゃんの母親を知っているのか、わからなかったから。


 ただ……記憶の中で見た女性が……。

 希ちゃんの母親であることに間違いはないと、その時、確信したんだ……。

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