涼side
9
田中と上戸と三人で次の講義をサボり彼女の紙飛行機を必死に探したが、結局、見つけることが出来なかった。
彼女の紙飛行機は、木の茂みでは無く別の場所に落ちたか、誰かに先に奪われてしまったかのどちらかだ。
どちらにしろ、彼女と仲良くなりたい田中は、そのきっかけとなる紙飛行機を見つけることが出来ず、ノートを破り自前の紙飛行機を作って偽装工作を目論んだが上戸に却下された。
◇
「ただいま。あ~腹減った」
「お帰り。大学はどう? 真面目に勉強してるの?」
「ボチボチな」
「遊んでばっかりいないで、ちゃんと勉強しなさいよ。私立の学費は高いんだからね」
そんなことわかってるよ。
だから交通費のかからない大学を選び、奨学金を申請したんだ。受験から解放されたばかりなのに、少しは自由にさせて欲しい。
「それより今日の夕飯なに? 腹ペコだよ」
「兄ちゃん、お帰り~! キック!」
恵が俺の足や尻を目掛けボカボカと蹴りを入れる。
「もう、あっちに行ってろよ。俺はサンドバッグじゃねーんだから」
「いいじゃんか、遊ぼうーよ」
恵は次々と蹴りを入れてくる。
小さいながらも、その蹴りは的を射ている。
「いてーな。どこ蹴ってんだよ」
「遊ぼ、遊ぼ」
恵が足に纏わり付いて離れない。
まるで粘着テープのようだ。
「お前、いーかげんにしねぇと拳骨だぞ」
拳を振り上げ凄むと、恵はお袋の体にしがみつき、まるで被害者のように怯えた顔をした。明らかにこれは演技だ。
「怖いよう。兄ちゃんが拳骨した」
は、はぁ?
散々俺を蹴飛ばしておいて、何言ってるんだ。
俺はまだ拳骨してねぇだろう。
「大学生にもなって、小さな子を虐めてんじゃないよ」
お袋の足にしがみつき蝉みたいにミンミン鳴いてるその子が、俺を虐めてんだよ。
「わかった、わかった。後でちょっとだけ、ゲームしてやっから」
「やったぁ!」
恵はしたり顔で、お袋から離れる。
七歳にして、末恐ろしい。
「兄ちゃんあとでな。約束だよ」
「わかった、わかった」
まんまと恵にしてやられた気分だ。
反論したいけど、今日だけは素直に従う。
そんなことよりも、重要案件があるからだ。
「母さん、頼みがあるんだ」
「なに、涼が『母さん』だなんて、気持ち悪い。お金ならないよ。入学金とか、色々大変だったんだからね」
「わかってるよ。免許を取りに行きたいんだ。自動車学校のお金、お願いします!」
「えー!? 自動車学校のお金は自分でバイトしなさいよ」
「わかってる。バイトして必ず返済するからお願いします!」
本当なら、三月にみんなと一緒に自動車学校に入学したかったけど、四月一日が誕生日の俺は、みんなより遅れをとった。
これ以上、みんなから遅れをとりたくない俺は、両手を合わせお袋を拝み倒す。この家の大蔵大臣は親父では無くお袋なのだから。
「こういう時だけ、調子いいんだからね。我が家の総理大臣に言っとくよ。でも期待しないでね。今期の予算案大変なんだから。野党にガヤガヤ言われても追加予算は補填できないかも」
我が家の総理大臣は親父。
予算案とは家計。野党とは子供のことだ。
「サンキュー。宜しくお願いします」
運転免許取得は俺の夢だった。
バイト代で返済するとしても、とりあえず立て替えて欲しい。
一番厳しい大蔵大臣にOKをもらい、気持ちは浮かれている。
――その時……
テレビで交通事故のニュースが流れた。
ボンネットが大きくへこんだ白い車体。
――フラッシュバックのように、映像が頭に浮かんだ……。
光に照らされている……ハンドル……。
その光は……対向車のライト? それとも外灯……?
ハンドルを握る手……。
ゴツゴツしている手だ。俺の手……なのか?
強烈な光が目前に迫る、恐怖で身が竦み瞼を閉じた……。
「兄ちゃんまだ?」
恵に激しく体を揺すられ、我に返った。
額や掌にじっとりと汗が滲んだ。
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