希side

「凄いね、希。向こうから話かけてきたの? それとも希から? 大学生をナンパするなんて、おとなしそうな顔してヤることは凄いんだから」


 教室に戻ると、吉田千春よしだちはるが口角を引き上げ不敵な笑みを浮かべた。どうやら、校舎の窓から私達の様子を観察していたらしい。


「亀田君の次は彼を狙ってるの? 紙飛行機を飛ばした私に感謝しなさいよ」


 卑劣な言葉に、遥が噛みつく。


「感謝だなんて、千春が希の答案用紙を紙飛行機にして飛ばすからこんなことになったんでしょう。あんなことするなんて、それでも友達なの?」


「友達? それ、いつのこと? 別にいーじゃん。英語の実力テストクラスで最高点だったんだし。いつも校舎の窓から大学ばかり見てるんだから。私が希の想いを飛ばしてあげたんだよ」


「それが無神経だっていうの。千春だって、答案用紙を飛ばされたら腹が立つでしょう」


 千春は「フン」と鼻を鳴らして席に着く。

 中学生の頃は仲の良いグループの一人だったのに、高校生になり急に派手になり、クラスでも問題行動をするようになった。


 あの紙飛行機は、実力テストの答案用紙だ。

 八十八点。決していい得点ではないが、クラスで最高点だった。


 千春は国立大学を目指していたが、成績が振るわず六十点代。休憩時間に私の答案用紙を奪うと、その答案用紙を紙飛行機にして校舎の窓から飛ばしたんだ。


 慌てて奪い返そうとしたが、答案用紙は千春の指先を離れ風に乗りフワフワと宙を舞った。


 あの答案用紙の裏には……

 人に見られたくないことが書いてある。


 授業中に大学の校舎を見ながら……。

 思わず自分の気持ちを綴ってしまった……。


 でも……。

 まさかその紙飛行機が、光鈴大学のフェンスを乗り越え大学構内に入るなんて……。


 しかも……。

 明日香君がその場所に……!?


「希、きっかけはどうであれチャンスだよね。だってずっと片想いだったじゃない。高校は違っていたけど憧れのキミだよね」


「うん……。でも、答案用紙だよ。それに……」


 教室のドアが開き、数学教師が入ってきた。数学教師の手には実力テストの答案用紙。


「起立、礼、着席。これから実力テストを返します。クラスの最高点は九十五点、朝倉希。クラスの平均点は七十点。附属大学があるからと油断してると推薦入試は受けれないぞ。男女共学になり競争率も上がってるんだからな。平均点以下は放課後補習!」


「「えー!!」」


 クラスで悲鳴が上がり、千春が私を睨み付けた。


 千春の嫌がらせは高三になり特に酷くなった。千春のグループから悪口を言われたり、上靴を隠されたこともある。


 一人だったら、きっと耐えられなかっただろう。でも、どんな時も遥が傍にいてくれたから、寂しくなんてなかった。


 男勝りの遥は、どんな虐めにも屈しない。

 私は遥の精神的な強さに守られている。


 ――授業が終わり、教室の窓から光鈴大学を見つめる。

 どうやら私の答案用紙は、墜落したまま行方不明のようだ。


 自分の恋も墜落したみたいで、とても悲しい。

 ていうか、誰にも見られたくないよ。

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