大学で講義を受けていた時、脳裏にある光景が過ぎる。


 ――以前にも体験したことがあるような光景……。


 誰かが、俺の隣で笑っている。

 その人の顔は思い浮かばないけど、女性の口元だけが頭に浮かんだ。


 にっこり笑っている優しい口元……。


「おい涼、何ボーッとしてんだよ。また隣接する女子高を見てたのか?」


 田中司たなかつかさに、ポンッと肩を叩かれ我に返った。

 野球部だった田中は未だに坊主頭。高校からの友達でこぞって光鈴大学こうりんだいがくを受験した仲間の一人。


「お前、誰か可愛い女子高生でも見つけたのかよ? 意識飛んでたぞ」


「そんな子いねぇよ。大体何処にいんだよ。そんな可愛い子がいたらお目にかかりたいもんだ」


 顔を上げて窓の外に視線を向けた。

 大学の校舎の窓から、光鈴女子高こうりんじょしこうの校舎が見える。休憩時間なのか校舎の窓から数人の女子が紙飛行機を飛ばして遊んでいた。

 紺地に白いラインのセーラー服、赤いリボンが風に揺れている。


 紙飛行機は風に乗り、空中をふわふわと飛んでいる。

 一人は嫌がっているように見えなくもないが、なんて……可愛いんだろう。


「ほほっー、もう目をつけたのか? この校舎は光鈴女子高にもっとも近い校舎なんだ。もともとこの大学は光鈴女子高の附属女子大だったからな。新入男子にとって、ここは天国に一番近い場所。あの真ん中の女子、注目の的なんだよ。めっちゃ可愛いだろ。 実はこの俺様も前から目をつけてたんだ」


 デレッとした顔で、田中がほざく。

 今まで注意深く見たこともなかったが、出席している男子学生はみんな窓際を占領し、視線の先は教授ではなく窓の外だ。


「そーそー、実は俺も狙ってんの。光鈴の姫君ひめぎみ


 上戸は身を乗り出し、図々しくも女子高生に手を振る。


「バカ! 何やってんだよ。彼女は俺が見つけたんだよ。勝手に光鈴の姫君なんて呼ぶんじゃねぇ」


「あれ? 田中知らねーの? みんなそう呼んでっけど」


「おいっ! そこの三人! 煩いぞ!」


 教授に怒鳴られ、教室にクスクスと笑い声が響く。


 彼女が飛ばした紙飛行機は、光鈴女子高の敷地を飛び越え、光鈴大学のフェンスに植えられた木に落ちた。


「キャーキャー」騒いでいる女子高生。

 彼女が窓から身を乗り出し慌てている。


 大きな目をした愛らしい顔だ。


「超可愛い~」


 田中がデレーッとした顔で笑った。

 マジでキモいから。


 講義終了のチャイムが鳴り、田中が俺の手を掴んだ。


「おい! 涼ダッシュダッシュ!」


「へっ……? どこ行くんだよ?」


「馬鹿何やってんの? 早くしないと。誰かに取られちゃうだろ」


「取られるって、何を?」


 田中に手を引っ張られ、校舎を飛び出す。

 田中は一目散にフェンス前の大木を目指した。


 そこには数名の男子学生がいて、宝探しのようにみんな何かを探している。その中に上戸の姿もあった。


 光鈴女子高から飛び出してきた一人の女子が、フェンスの向こう側からオドオドとした眼差しをこちらに向けた。

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