「兄ちゃんおっはよー!」


 しゅんが元気よく声をかける。瞬はすぐ下の弟でワンパク盛り、スポーツ大好き少年で食欲旺盛、俺の二倍は食う。と言っても、まだ十一歳。俺と七歳も歳が離れている。


 その下の弟ははる、 十歳。瞬とは常に張り合い喧嘩ばかりしている。末の弟はめぐむ、七歳。小さいながらも負けず嫌い。男ばかりの四兄弟だ。


 正直、ちょっとうんざり。

 どうせ生むなら、妹にしてくれればよかったのに。

 三姉妹なら家の中も花園のように甘い匂いに包まれ、華やかだったに違いない。パンツも穿かず走り回る弟達の裸なんて、もう見飽きた。


 俺はあまりの騒々しさに、コーヒーを一口だけ飲み立ち上がる。


「涼! ちゃんと食べなさい! 朝御飯抜いたら、頭が働かないだろう。ただでさえ働いてないんだから。シャンとしなさいよ」


 頭が働いてなくて、悪かったな。

 それってバカだって遠回しに言ってるのか?


 これでも四人兄弟の中で一番成績はマシだし。

 一応、名門私立大に通ってんだからな。


「いらねぇ」


「いらねぇじゃないの! まったく口のきき方が悪いったらありゃしない! 誰に似たんだか。さっさと食べなさい。こらっ! 恵、それ兄ちゃんのでしょ!」


 口のきき方が悪いのは、お袋に似たんだよ。


「……だからぁ、いらねぇの! 俺の分全部恵にやるよ」


「やった~!」


「だったら兄ちゃんの分は、次男の俺がもらう!」


「なんでだよ。僕がもらったんだよ」


 弟達のバトルを横目で見ながら、俺は足早に家を出た。


 ◇


 大学は家から自転車で十五分、交通費を浮かすために自転車で通学可能な大学を選んだ。


 自転車を駐輪場に停めるとバイクが勢いよく突っ込んできた。自転車にあたるスレスレの距離だ。


「あぶねぇな」


「オッス! 涼おはよっ!」


 金髪ロン毛の上戸裕也うえとゆうやが、威勢良く声を掛ける。一見チャラ男か不良に見えなくもないが、根は小心者だ。


「『おはよっ』じゃねぇよ! バイクで突っ込んだら危ねぇだろ。構内で俺をひき殺す気か」


「おう、わりいわりい。ちょっとあたったくらいじゃ人間は死なねーよ」


「お二人さん、朝っぱらから何揉めてんの?」


 飄々ひょうひょうとした風貌の田多幸一ただこういちが横を通り過ぎる。痩せ形でひょろりと背が高く何事にもマイペースだ。


「こいつがさ、危ないったらねぇの。おい、田多聞いてる?」


「あっごめん……。何だっけ? 聞いてない」


「聞いてねぇのかよ」


 だと思った。田多は掴み所のない軟体動物みたいな男だから。

 上戸が俺と田多の間に割り込み、二人の肩を組む。


「まっいーじゃん涼、講義始まるぞ。早く行こうぜ」


「お前が、悪の根源だろーが」


「根源? それって美味うまいの」


 上戸が俺を見てヘラヘラと笑った。

 本気とも冗談ともわからないセリフ。

 こいつ、どこか憎めない奴なんだよね。

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