涼side
3
―二千十七年 春―
「涼! 卵焼きがなくなってもしらないからね!」
お袋の怒鳴り声で、俺は悪夢から目覚める。
額にはじんわりと汗が滲む。
「……うぜぇ」
カーテンから差し込む朝日が、夢の世界から現実世界へと導いてくれる。
俺の名前は、
幸か不幸か、四月一日エイプリルフール生まれ。四月なのに一日に生まれた者は早生まれ扱いとなり、四月二日以降に生まれた者と学年は異なる。どうせ生むならもう一日ずらして欲しかった。いや、一分一秒でもいい。二日に生んで欲しかった。
そうすれば誕生日がエイプリルフールではなく、学年で一番最後の誕生日を持つ男にもならずにすんだのに。
出生日時が一秒でも遅ければ俺はまだ高校生だが、エイプリルフール生まれの俺は先月、
光鈴大学は小中高一貫の名門女子校の附属大学だが、少子化の波に押され大学は男女共学になった。
花の女子大が男子にも門戸を開き、同区の公立高校に通っていた俺と友達は
友達とはバカなことばかりしている俺だが、ひとつだけ秘密がある。
物心ついた頃から、フラッシュバックのように頭に浮かぶ光景。初めてそれを見たのは五歳の時で、父と流れ星を見た夜の出来事だった。
その後もその光景は映像のように頭に浮かんだが、両親は『夢でも見たんでしょう?』と、まったく相手にしなかった。
男ばかりの四人兄弟だから、両親もいちいちかまってられないんだろうけど。
――時々……見るんだ……。
夢なのか現実世界なのかも分からない……
強烈な光と……
衝撃音と……
人の泣き叫ぶ声……。
中学生になった頃には、自分は精神的な病気じゃないかと真剣に悩んだ。
高校生になった頃には、その映像は更に鮮明になった。
――行った事もない風景……
誰かの笑顔……
ハンドルを握る手……。
その風景をぶち壊すような金属音に、思わず両耳を塞ぐ。
カンカン鳴っているのは、フライパンとお玉だ。
調理器具を楽器のように打ち鳴らして、オーケストラの演奏者にでもなったつもりなのか?
それは騒音に過ぎないから。
「涼! 起きてんの!」
「まじ、うぜぇ! 聞こえてるっつーの!」
あまりの煩さに、モゾモゾとベッドから飛び下りる。
「さっさと起きればいいんだよ」
ポコンとお玉で頭を叩かれた。
俺の頭はフライパンじゃねーんだよ。
これが、俺の一日の始まり。
窓の外を見ると、雲ひとつない青空が広がっている。
「今日もいい天気だな」
何故か、青空を見るとほっとするんだ。
ここが現実世界だと実感できるから。
私服に着替え鞄を掴み一階へ下りると、食卓はもう戦場だった。
弟達の食欲は怪獣並みに凄まじい。
我先に箸を大皿目掛けて突っ込む。
今日のおかずは大皿の上に盛られた卵焼きとミートボール。
それを箸で突き刺さし、我先に口の中へ放り込み飯を掻き込む。
この世は弱肉強食だ。
弱い者は空腹のまま学校に行かなければいけないことを、幼い頃から叩き込まれる。
これが数分でなくなるのだからお袋が殺気だつのも、無理はない。
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