ACT08「〝カタセ〟って、誰だ?」
保健室。ベッドの上で、僕はすべてを思い出した。
結局、僕は生きていた。
こうしてベッドに横たわりながらも、ちゃんと呼吸をしている。
せっかく生きているというのに、その事実が余計に空想と現実を混濁させている。
「あれは、なんだったんだ……?」
と、誰かがドアを開けた。
上履きの音が近づいてくる。片瀬だろうか。あるいは、あの風祭か。僕はくしゃくしゃになったブランケットを整えて、潜った。目を瞑る。カーテンが開く音が聞こえた。僕はその音でさも目覚めたかのように、敢えてゆっくりと目蓋を開き、そちらを見た。
「大丈夫か?」
彼女は眼鏡越しの冷たい目で僕を見ていた。長い黒髪をストレートのまま下す、聡明そうな顔つきの中に何処か冷ややかな表情を常に持ち合わせている女――狛江
「なんだ、狛江か」
「私で悪かったな」
呆れ、溜め息混じり狛江は言う。
「いや、その……」
僕は返答に戸惑う。
「昇降口でいきなり倒れるなんてな。どうした、夏バテか?」
――なんだか元気無いね、夏バテ?
倒れたかどうかの記憶は定かではないけれど、こうして心配して駆けつけてくれた狛江に対して〝なんだ〟と言い放つのは流石に失礼だったな、と内心で猛省する。
「ごめん、どうかしてたんだ」
「ちゃんと食事は摂っているか? それから水分補給も。大野は一人暮らしなのだから、自分の体調管理には人一倍気を付けないと駄目だぞ」
「うん」
「今日はもう早退した方がいいな。私から先生には言っておく」
「気分が悪いんだ」
「もし、まだ辛そうにしていたら無理に帰らせずに休ませておけ、とも一応言われている。この時間の日差しは厳しいからな。どうする?」
ふと、考えて、
「もう少しだけ休んでから帰るよ」
「わかった。ではそう伝えておこう」
「ごめん、心配させてしまって」
「気にするな。これもクラス委員の役目だ」
「ああ、そうだ」
僕は出ていこうとする狛江を呼び止める。
「なんだ、大野」
「片瀬に〝ごめん〟って伝えておいて欲しいんだ」
一緒に登校してきた片瀬がきっと一番心配しているに決まっている。
思えば最初に僕の元気の無さに気付いたのも片瀬だった。それに今日は誕生日でもあるし、放課後に屋上で会う約束もしてある。なんと謝ればよいことやら、と僕は悩む。
「……今、なんて?」
狛江が返す。
「だから片瀬に――」
「悪い大野……その〝カタセ〟って、誰だ?」
困惑する狛江以上に、僕が戸惑った。
――いったい、どういうことだ!?
「片瀬だよ。片瀬優莉花。僕と一緒にクラスで美化委員をやってる、僕の後ろの席の……」
「何を言っている。お前の後ろは風祭だろう? それに美化委員だって、大野と風祭じゃないか」
馬鹿な。そんなはず。
――ありえない。
「いいから休んでおけ。いつまでも夢見心地じゃ困るがな。だが休むと決めたらしっかり休むことだ。これはクラス委員である私からの忠告だ、いいな?」
言うと狛江は保健室から去っていった。
片瀬が、いない?
しかも、代わりに居るのはあの風祭だって?
夢かどうか以前の問題だ。
それとも、ここはまだあの悪夢の続きだというのか。
次に目を覚ますときこそ、本当に現実であってほしい。
そう思いながら、僕は再び枕に頭を落とした。
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