ACT07「悪い夢なんだ!」
――でも、もしもこれが本当に片瀬からの告白だったとしたら、どんなに嬉しいことか。まだ決まったわけではないけれど、これで付き合うことになったら、僕は彼女のために喜んで満員電車に揺られる生活を五十年は続けられるだろう。
ほんの数分前までは、そんなことを考えていた。
それが、ロボットだって!?
風祭は、先程の片瀬がそうしていたように自分の左腕に装着していた腕時計を操作する。デザインも片瀬の物と同じでこちらは水色をしていた。風祭が操作すると散弾銃は光に包まれて、やがて細かな光の粒子となって空中に散った。またあの手品だ。
「片瀬優莉花は〝ハンタードール〟――つまり、貴方を殺すために送り込まれた暗殺用の兵器で、正真正銘のロボットです」
風祭の発言に頭が混乱する。これは夢か。ゲームのやりすぎか、漫画の読みすぎか、はたまた映画の見すぎか。そういえば三日前くらいにテレビで映画を放送していた。マッチョな男の形をした人間そっくりなロボットが、ウェイトレスの少女を殺すために未来からやってくるやつだ。小さい頃は本気でそれに怯えた記憶があるが、この年齢になるとよくできた演出であることがわかる。しかしあれは映画だ。フィクションなのだ。
それがどうだ、今、この瞬間は。
まるで手に取るようにわかるリアリティ。なのに目の前で一瞬にして起こった事象の全ては現実離れしている。
「夢……これは、悪い夢なのか?」
風祭が僕の頬をひっぱたいた。
じんとする痛みが頬を伝い、脳裏へと響き渡っていく。
「失礼しました。お気持ちは理解できますが、これは現実です」
冷酷に風祭は言い放つ。
「信じられるか……どう理解しろっていうんだ。ここにいる誰も理解なんて出来ないよ!」
と、僕は周囲に同意を求める。
背後にいる栢山や男子生徒、向こう側に固まる黒川たち女子生徒、それに狛江や他のクラスメイト、誰しもがこの状況を不可解に思っているはずだ。僕は「そうだろう?」と視線を向けるが、誰も答えてはくれなかった。それどころか生徒たちは明後日の方向を向いたまま、まるでマネキンのように直前の状態で固まっている。
「……栢山?」
「反応を求めるだけ無駄ですよ。私と貴方以外の時間は停止していますから」
「な、なんだよそれ……」
「第一級クロックランナーのみに権限が与えられる〝
「わかった! わかったよ!」
僕は風祭の説明を遮るように叫んだ。
「……わかったよ、僕の負けだ。ようはこんなわけのわからない状況だとしても、今この瞬間はまぎれもない現実ってことだろ!?」
「ご理解頂けて幸いです」
「だけどな」
僕は風祭の一瞬の隙をついて、彼女の真横を掠めるように通り抜ける。そして片瀬が握っていた銀色の拳銃を手に取り、風祭の目の前で自分のこめかみに銃口を突き付けた。その予想もしなかったであろう行動に、風祭は目を丸くした。
「これは夢だ。理解はできても、認めることなんてできない!」
「馬鹿な真似はやめてください、大野さん!」
「これは夢だ。悪い夢なんだ!」
いいかげん目覚めてくれ。
こんなの、悪い夢に決まっているんだ。
ここで撃てば、また日常に戻ることができる。
そう信じて、僕は震える指で、そのあまりにも軽い引き金を引いた。
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