ACT04「屋上で待ってて」

 私立相美原あいみはら高等学校――僕と片瀬の通っている学校だ。

 旧校舎からの建て替えが終わって、まだ築三、四年程度の綺麗な白をした校舎はコの字型をした四階建てで、ガラス張りの凝ったデザインは一見すると学校というよりも博物館か何かのようにも思える。僕と片瀬のクラス、二年三組の教室はその三階に位置する。

「大野くん」

 昇降口で上履きに履き替えたところで片瀬はそう言って僕の腕を強く掴んできた。その思いがけない積極的な行動に、僕は思わずどきりとして肩を大きく揺らした。

 即座に振り向く。すると片瀬は俯き、僕から視線をすっと逸らした。心なしか片瀬は少し頬を紅潮させているようにも見えた。それにつられるかのように僕も顔を赤くする。

「今日の放課後、二人きりで話がしたいな」

 その発言に、僕は緊張のあまり硬直する。

 ――それって、まさか。

 片瀬は僕の腕を強く抑え、顔を僕の耳元に近づけた。

 吐息が耳にかかってくすぐったい。

「授業が終わったら、屋上で待ってて」

「う、うん……」

 ――それって、まさか、告白!?

 いやいや。そう決め付けるのは早計だ。けれどそれ以外に何が考えられる?

 こういうときの男子高校生の妄想を舐めてはいけない。気付けば片瀬との真剣かつ健全な交際を始めて、大学を卒業して就職の後に結婚。数年の後に子供をもうけて、その子供も社会へと送り出し、やがて死ぬ間際にまで進んでいる。結婚式はどこで? 子供の名前は何にする? 老後は何処で暮らそうか? 死ぬときはやっぱり一緒がいいな……

 ……今、最悪レベルに気持ち悪いぞ、お前。

 妄想に浸る僕を、背後から客観視するもうひとりの僕がドン引きしていた。

「行こう、大野くん」

 何事もなかったかのように、片瀬は僕を置いてすたすたと教室へと速足で去っていった。

 でも、もしもこれが本当に片瀬からの告白だったとしたら、どんなに嬉しいことか。まだ決まったわけではないけれど、これで付き合うことになったら、僕は彼女のために喜んで満員電車に揺られる生活を五十年は続けられるだろう。

「……片瀬のためなら」

 教室に入り、まっすぐ自分の席へと歩く。僕の机は教室の中ほど、前から数えて三番目。片瀬はその後ろの、四番目の席。鞄を机に引っ掛けて周囲を見回す。教卓の周辺で固まる男子連中は朝から如何わしい話題に花を咲かせている。かと思えば女子連中は教室の後方に集まって、こちらも何やら色恋沙汰の話をしているようだ。あとは突っ伏して寝ている奴らが居たり、持ち込み禁止のはずのゲームをしている奴が居たり、読書をしている奴が居たり。

 ふと片瀬を見ると、席には既に居らず女子会の輪の中にすっかり溶け込んでいた。

 と、今度は僕の方にもお呼びが掛かる。「大野!」と教室中に響くような大声で僕を呼んだのは、教卓を囲む男子連中のひとり、栢山かやま

僕がのろのろとしていると、栢山の方から僕を拉致しにやってきた。いかにもスポーツ系らしい体格と坊主頭、そして百八十超の高身長の栢山にワイシャツの襟を掴まれて連行される今の僕の姿は、さながら捕食されそうな小動物だろうか。あまりみじめな姿を片瀬に見せたくはない、とは思うものの僕にとっての日常などこんなものだ。

「さて、聞こうか」

 栢山が言う。僕に向けられる複数の視線。教卓はもはや証言台と相違ない存在となっている。この悪友共が僕に尋ねたいことと言えばひとつしかないだろう。つまり片瀬との関係だ。

 それもそのはずである。いくらまだ正式に付き合ってはいないとはいっても、入学当初から毎日二人きりで登下校を繰り返しており、数多の目にその姿をおさめられているのだからそういう噂が立たないほうが不思議なくらいだ。もっとも、僕としては少々困りものである。片瀬とはちゃんと段階を重ねて、あくまで健全に付き合いたいのだ。

「で、どこまで行ったんだ? おっと〝駅まで〟みたいなお約束はナシだぜ」

「駅まで」

「アホか。片瀬だよもうそれなりのことは済ませたのかどうかを訊いているんだ」

「なんだよ〝それなりのこと〟って」

「そりゃ……アレだよ、アレ」

「アレって、なんだよ」

「アレはアレだろうが。察せよバカ大野」

「そういう栢山、お前はどうなんだよ? たしか黒川と――」

「聞くな。それより今はお前だお前」

「……僕に関しては、特に何もありません。以上」

「そんなわけあるかよ! ほら回れ右だ!」

 栢山にされるがまま、僕は教室後方へと体を強引に向けさせられた。

 教室の向こう側。視線の先には同じようにして立たされた片瀬の姿があった。

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