ACT03「ちょっと珍しいなって思っただけなんだ」

 天井からぶらさがる発車標を眺める。

 朝は五分おきに電車が出ているから、一本逃したところでさほど支障はない。

 だが気づけば既に三本もやり過ごしている。少しずつ焦りが募ってきた。ひとつは遅刻しないかどうかというところだけれど、これはまだなんとかなる。それよりもトイレに行ったきり帰ってこない片瀬の様子が心配になった。でもだからといって女子トイレに様子を見に行くことなんてできない。何度かメッセージも送ってはいたけど、既読はついていない。もどかしい気持ちを抱えつつ、僕は片瀬が戻るのを待つことしかできなかった。

 それから更に一本見送って、次の電車の到着アナウンスが聞こえたころ、ようやく片瀬が帰ってきた。僕はその姿に安堵する。

「片瀬、大丈夫?」

 僕は尋ねる。

「ええ」

 片瀬は突き放すような口調で僕に返した。少し驚いたが、僕は片瀬を察することにする。

「……まあ、まだ授業には間に合うから」

「そうね」

 言う片瀬も、どことなく気まずそうだった。

 電車が到着し、後から押し寄せてくる波の流れに乗りつつ、僕らは車内にぎゅうぎゅうに押し込まれた。彼女には窮屈な思いはさせまいと、僕は意地を張って背中で踏ん張る。六駅。時間にして二十分程度。問題あるまい。

 不意に、吊革を握る片瀬の左腕に見慣れない腕時計があることに気付く。色こそピンクだが、女子高生が身に着けるには不相応な、まるで軍用のようなごつごつとした見た目のデジタル時計だった。主観ではあるけれど小柄で華奢な、いかにもインドア系な雰囲気の片瀬には合わないような気がするし、他の小物と比べてもミスマッチだ。

「片瀬、その腕時計どうしたの?」

「どうして?」

「いや、なんだか片瀬らしくないなって思って」

「そう」

 僕は、はっとして、

「ああ、いや、でも、本当にちょっと珍しいなって思っただけなんだ」

 慌てて弁解に走った。

「そう」

 片瀬は、そう素っ気なく返すだけだった。

 電車の中ではそれ以降言葉を交わすこともなく、新たに話題を振ろうにも思いつかず、ただ車輪がレールの上を転がる音だけが僕らの間に広がっているだけだった。ただ、何か言いようのない不安感や違和感が、僕の心の奥底で蠢いているような気がした。

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