忘れてましたよ


 壱花たちは朝早く秘書室に来ていた。


「そうだ。

 忘れてましたよ。


 失せ物探しといえば、狐ですよね」


 そう壱花が笑って言うと、高尾が、

「そうだよ。

 いつ僕を頼ってくれるのかと待ってたんだよ」

と胸を叩いて言う。


 失せ物探しといえば、お稲荷様。

 狐は、そのお稲荷様の眷属だ。


 どんな風に見つけてくれるのかと壱花はワクワクしながら、高尾を見つめていた。


 高尾は目を閉じ、俯き加減で歩きながら、名探偵よろしく、額に人差し指を当てて言う。


葉介ようすけ

 ピンバッジがなくなったのは、ここで間違いないんだよな?」


「はい」

と冨樫が頷く。


「わかった」

と高尾は目を開け、言った。


「葉介のデスクの脚の辺りだっ」

と冨樫のデスクを指差す。


 ……辺りだ?

とその曖昧な表現に、ん? と思いながらも、みんなで探す。


 しばらくして、冷たいデスクに手をつき、下から顔を覗けた壱花が、

「あの~、ないんですけど、高尾さん」

と言うと、高尾は、


「そうか。

 じゃあ、そこから転がって、化け化けちゃんのデスクの下だっ」

とお誕生日席のようになっている冨樫のデスクの右前にある壱花のデスクを指差した。


「待て」

と倫太郎がその手を止める。


「お前、普通に探してるな?」


「そうだよ」


「……失せ物得意なんじゃなかったのか」


「得意だよ。

 よく頼まれるからね」


「特殊能力で見つけるとかじゃなくて、地道に探して見つけるのが得意って話か?」


「そうだよ。

 狐は犬並みに鼻が利くからね」


「じゃあ、犬でいいじゃないか……」


 警察犬連れてこい、と倫太郎が言った。


「でも、耳はむちゃくちゃいいよ。

 今、ピンバッジが落ちたら、何処で落ちたかすぐにわかるよ」


「今から落とすの、無理だよな……?」


 そう確認するように言ったあとで、倫太郎は眉をひそめて言ってきた。


「……俺はおかしいと思ってたぞ。

 此処に連れてこいと言った時点で。


 稲荷神社の人がいちいち現場に行かないだろ」


 そういえば、神社で御祈祷してもらったら、その場で託宣たくせんが出ますよね~。


 しかしそれも、陰でこうして、お狐様がタタタッと探しに行ってるから出せるものなのかもしれないが。


 ……しれないが。


 我々が探すのと同じくらい時間がかかりそうだ、と壱花は思う。


 そのとき、ガチャリと秘書室の扉が開いた。


 えっ? 早朝ですよっ、と思ったが。


 現れたのは、木村有美きむら ゆみだった。


 少し茶がかった長いストレートの髪をした美女、木村を見て、高尾がおやおやと嬉しそうな顔をする。


「き、木村さん、早いんですね」

とちょっと慌てた感じに壱花が言うと、何故か木村も早口に答えてきた。


「いつもじゃないんだけど。

 昨日は近くの友だちのところに泊まったから。


 あ、大学のときの、女の子の友だちなんだけど」


 そう付け加え、木村はチラ、と上目遣いに高尾を窺っている。


「で、あの、なにしてるの?」


 そう木村に訊かれた壱花が、

「いえ、ちょっと探し物を」

と言うと、木村は、ああ、という顔をする。


 冨樫のピンバッジだと気づいたのだろう。


「じゃあ、お茶でも入れてきますね」

と言って、木村は消えた。


 あまり大勢で探しても、かえって邪魔になると思ってのことだろう。


 そろそろ早い人は職場に来るようだ。


 急いで探そうと、壱花は一応、高尾に命じられた通りに、おのれのデスクの下を探してみていた。


 高尾が、

「なかなかの美女だねえ。

 なんていう名前なの?」

と離れた位置で言うのが聞こえてきた。


「木村さんですよ」

とデスクの下に顔を突っ込んだまま壱花は言ったが。


 高尾は、

「え?

 なんて名前?」

と訊き返してくる。


 壱花の後ろにしゃがんで探している倫太郎が、

「あの狐、耳も遠いぞ……」

と言ってきた。



 

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