お役に立ててなによりです


「……見つからないじゃないか」


「見つからないねえ」

という倫太郎と高尾の会話を聞きながら、壱花はまだピンバッジを探していた。


「お前、鼻が利くんだよな?」


「狐はイヌ科だから鼻が利くよ」


「……じゃあ、やっぱり犬でいいよな」


「っていうか、お前、耳もあんまりよくないよな?」


「いや、いいよ。

 でも、今、耳が人間サイズだから、人間と同程度にしか聞こえないかもね」


 狐は耳が大きいからよく聞こえるんだよ、と高尾は言う。


「じゃあ、鼻も同じじゃないのか?」


「ありましたよ」


「お前、実は年寄りなんじゃないのか。

 っていうか、元に戻ったら、耳も鼻も利くんなら、元に戻れっ」


「いやいや。

 あの美女が戻ってきて、腰抜かしたらいけないから」


「ありましたよ、ピンバッジ」


 二人の会話の間に挟まれている壱花のセリフはまるで無視され。


 冨樫も耳に入っていないのか、壱花には返事をせずに、倫太郎たちの会話に割って入る。


「社長。

 高尾さんに、今更、元に戻られても。


 今からピンバッジを落とし直すわけにはいかないので、落とした音も聞けないですし。


 ピンバッジの匂いもわからないので、探しようもないと思うんですが」


 壱花は手にしていたピンバッジを高尾の鼻先に持っていったあとで、秘書室を出ていき、小会議室のホワイトボードのペントレーに入れて戻る。


 壱花の意図を察した高尾が入れ違いに出て行って、ピンバッジを持って戻ってきた。


「すごいじゃないですか、高尾さんっ」


「いやあ、壱花ちゃんの匂いをたどってったら、すぐだったよー」


「……それ、ピンバッジの匂い、関係ないですよね」


 せっかく鼻先に持ってったのに、と思いながら壱花が言うと、ようやく気づいたらしい倫太郎が、


「こいつ、女性の匂いしかわからないんじゃないのか?

 っていうか、ピンバッジ何処から湧いてきた?」

と言う。


「冨樫さんのデスクと私のデスクの境目にあるティッシュの箱の中にありましたよ。

 うちでもよく、消しゴムとか入っちゃうことがあるんで、振ってみたら出てきました」


 はい、冨樫さん、と渡すと、


「……ありがとう」

と冨樫は複雑そうな顔でそれを受け取る。


「お役に立ててなによりです」


「くっ。

 お前をお役に立てたくはなかったっ!」

と此処へ来てまだ憎まれ口を叩く冨樫に、


「じゃあ、返してください。

 ピンバッジ……」

と壱花が言ったとき、木村が、


「お茶入りましたよー」

と程よくやってきた。





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