ある意味、お前がいないと駄目なんだ


「ここはお前がいないと回らないからな」


 夜、一緒に店番をしていると、倫太郎が急にそんなことを言ってきた。


 壱花は笑って、

「昼間のフォローですか。

 いいですよ、わかってますよ」

と言う。


 ……ま、ちょっぴり、いじけましたけどね。

 そう思いながら。


 そのとき、冨樫がやってくるのが分厚いガラス戸の向こうに見えた。


 此処に来るとは、少しは浮上できたのかなと思いながら、

「今日も甘酒わかしましょうか」

と壱花は笑う。




「この俺の身に起こることなどないと思っていた、ミスの連鎖っ。

 此処から抜け出すにはどうしたらっ」


 店で子狸たちとストーブを囲んで座り、甘酒を手にした、ほっこりタイム。


 冨樫ひとりが甘酒を手に苦悩していた。


 俯きがちに甘酒を見つめていた冨樫は、玉梓たまずさが怨霊~っ、という雰囲気で、少し顔を上げ、壱花を見てくる。


「おのれ、風花っ。

 死んでもお前を頼りにしたくはないんだが……っ!


 此処から抜け出す、なにかいいアイディアはないのかっ」


「そこでおのれは、おかしいですよね、冨樫さん……」


 おのれ、くらいつけないと、私に訊いて来られない気分はわかりますが、と苦笑いしながら、壱花は言った。


「でもまあ、いつも通りの冨樫さんになって安心しました」


 そう言うと、冨樫は、ちょっと大人気なかったな、という顔をして、

「風花。

 お前のリカバリー能力は素直に尊敬する。


 見習おう」

と言ってきた。


 いや、そんな、と照れていると、真面目な冨樫はメモを取り出して話を聞こうとする。


「いや、ほんっとうに、やめてください……」

と壱花は言った。


 それ、私の失敗談をすべてメモする構えですよね?

と思いながら。


「いや、お前が未だにクビにならずにいるのは、リカバリー能力がすごいからだと今日知ったよ。


 そういえば、いつもお前はすんでのところで大事おおごとになるのを回避している」


「いやいや、ただの慣れですよ」

と謙遜していいところなのかわからないまま、謙遜して言ってみたが、すぐに、倫太郎に、


「……慣れるな」

と言われてしまう。


 いつもは雰囲気が怖いのか、高尾のように子狸にまとわりつかれたりしない冨樫だが。


 今日はオーラが薄いらしく、子狸たちに背中によじ登られたり、膝に乗られたりしている。


 それも気にならないように、

「実は、あのあとも細かいミスが続いてな。

 なにもかもピンバッジがなくなったせいだ……」

と呟く冨樫に、


「違うと思いますよ」

と壱花は言った。


「ミスは一個ずつ。

 そのときそのときで理由があるんですよ」

と言って、


「まともなことを言うな」

と何故か冨樫に叱られる。


「でもまあ、確かに滅多にミスしない人がミスすると、ハートに来ますからね」


 暗に自分には来ないと認めて言う壱花に、倫太郎が、

「お前冷静だな」

と言う。


「……慣れてますから」


 また怒られそうだ、と思いながら言ったとき、倫太郎が、

「冨樫。

 ミスしない人間なんていないぞ」


 俺もミスした、と言って、椅子に座ったまま、後ろを振り向き、カウンターの上にあった小さなダンボールを手にした。


「発注ミスだ。

 いつもと違うところに発注してしまった」


 その箱の中には小さな赤い箱がいくつか詰まっている。


 お化けガムのようだが、いつもとパッケージが違って、ちょっと愉快な感じなキツネとタヌキの絵が描いてある。


「全然、怖そうじゃないですね」

と壱花は苦笑いしたが、可愛い絵のガムを手にしている倫太郎の、ガムと不似合いな感じがちょっと可愛らしいなと思ってしまった。


 いつもなら、一言毒舌をはさんでくる冨樫だが、今日は沈黙している。


 これは、やっぱり、ピンバッジを見つけるのが一番かな、と思ったとき、壱花はあることに気づき、


「あ……」

と声を上げた。


 みんなが見る。


 特に高尾が身を乗り出して、こちらを見た。


「そうか。

 わかりましたよ」

と壱花は高尾に向かって言う。


「私たちがなにを忘れていたのか」


 そう言い、笑って見せた。







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