冨樫のミス


 次の日、会社の六十周年記念イベントの会議があった。


 企画事業部や営業からの提案のあと、秘書室からもひとつ案を出して、冨樫がスクリーンに映し出したデータの説明をしていたのだが。


 一枚、修正前のグラフが混ざっていた。


 社内の会議だし、

「すみません。

 違うデータが出てしまいました」

と言って、さっと変えるか、後回しにすればいいのに、冨樫はフリーズしている。


 ひー、冨樫さんっ。


 冨樫は自分でデータの入ったパソコンの操作をしながら、解説していたのだが、動かないので、壱花が黒子のように行って、さささとパソコンの中を調べ直し、最新のデータに切り替えた。




「……すまなかった、風花。

 あのピンバッジのことがなんだか心に引っかかっていて。


 またミスしてしまったと思った瞬間、フリーズしてしまったんだ」


 会議が終わったあと、みんなと一緒に後片付けをしていた壱花は、珍しく冨樫に謝られた。


 とは言っても、冨樫が止まったのは一瞬のことで。

 壱花がデータを直してすぐ、冨樫は何事もなかったかのように話し始めた。


 むしろ、さすがだなと壱花は思っていたのだが。


 冨樫は、とめどもないマイナス思考にはまっているようだった。


 そのとき、企画事業部の部長がやってきて、笑って壱花に言ってきた。


「いやいや、風花くん。

 君、なかなか素早いじゃないか。


 今まで、なんで君、秘書なのかなと思ってたんだが、いざってときの反応がいいねえ。


 秘書を出されたら、うちにおいで」

と能力を買われているんだか、いないんだか、わからないスカウトをされる。


 なにかをやらかして、秘書を追い出されること前提の話だからだ。


「今のは……喜んでもいいんですかね」

と笑顔で去りゆく、どっしりとした部長の背中を見て思わず呟いたとき、冨樫が吐き捨てるように呟いた。


「お前が他の部署にスカウトされるなんてっ。

 俺のミスにより、お前が認められて、お前がスカウトされるなんてっ。


 俺はお前以下なのかっ。

 俺はどれだけ駄目人間なんだっ!」


 冨樫さん……。

 自分を卑下ひげしているつもりなんでしょうが。


 一緒に私もおとしめられています、と思いながら壱花が、


「それ、冨樫さんがどの程度の駄目人間かは、私の駄目人間具合によりますよね~」

と力なく言ったとき、倫太郎がやってきた。


 話を聞いてたようだ。


「どうした、冨樫」


「社長、私は今まで、そこそこ社長のお役に立てていると思っていたんですが。


 実は私、風花以上の駄目人間だったんですよ」


 普段が完璧なだけに、ちょっとのミスで落ち込みが激しいな~と苦笑いする壱花の前で、


「なにを言う、冨樫」

と倫太郎は冨樫の肩をポン、と叩いた。


 壱花を手で示して言う。


「圧倒的に、こいつが駄目人間だ。

 風花がいなくても会社は回るが、お前がいないと回らない」


「あの~、社長。

 私、会社辞めてもいいですかね……?」


 今回はミスもしていないのに、この扱い……。


 壱花の方がおのれの存在意義を見失い、思わず、そう言っていた。







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