なにか忘れてない?


「冨樫さんのピンバッジ、何処行っちゃったんですかね~?」


 その夜、壱花は店で商品を並べながら、倫太郎にそう訊いてみた。


「さあな。

 小さなものだから、ひょいと何処かに入り込んだら、わからなくなるよな。


 職場なんて物がたくさんあるし」


「それを言うなら、此処も物がなくなったら、わからなくなりそうですよね」


 駄菓子のつまった箱を手に、雑然と商品の多い店内を見ながら、壱花は、はは、と笑う。


 だが、このごちゃごちゃ物がたくさんある感じが駄菓子屋の魅力だ。


 掘り返せば、どんなものでも出て来そうだからだ。


 いや、まだ、コーヒーガムが出てきてないが、と思ったとき、

「暇だな」

と倫太郎が言った。


 窓の外を見ると、いつの間にか、しとしとと雨が降っている。


 カウンターで頬杖をついている倫太郎がその雨を眺めながら言ってきた。


「百物語の蝋燭になにか語らせるか」


「……いや、この天気でそれはちょっと」


 でもそうか。

 雨が降り出したから、来店が少ないんだな、と壱花は思った。


「甘酒でもわかしましょうか」


 寒い中来てくれたお客さんにふるまおうかなと思ったのだ。


 すると、今日は静かな高尾が倫太郎の横の椅子からこちらを見て言ってくる。


「ねえ、君ら、なにか大切なこと、忘れてない?」


 ……大切なこと?


「ほらほら、さっきから話題に出てるじゃない」


「百物語の蝋燭ですか?

 あれ、勝手に火がついたりしたら危ないですよね」

と言っている端から、このどんよりとした天気にやる気を出したのか。


 それとも、こちらで話題にのぼっていたのが聞こえたのか。


 奥の間で、蝋燭がいつの間にやら怪談を語りはじめていた。


「その事故現場を通り過ぎ、しばらく走って、後ろを振り返ると……」


「止めてくださいよ、あれ」

と振り返りながら壱花は言ったが、みんなラジオでも聴くようにそれを聴いている。


 もう~、怖くて奥に入れなくなっちゃったじゃないですか~。


 酒粕をとりに行けなくなってしまったので、仕方なく、商品の並べ替えをしようとしたが、視界にケセランパサランが入った。


 うーむ。

 店の隅にあると、確かに埃が落ちてるように見えるな、と思いながら、それをひょいっと指でつまんで肩にのせる。


 ん? と壱花は、さっきまでケセランパサランがいた暗がりの隅を覗き込んだ。


「あら?

 なんでしたっけ? これ」


 隅にカラの箱があったのだ。


 なにかが入っていたようだが、箱に商品名は書かれていなかった。


 黒い箱だ。


 壱花の手にあるそれを見て、

「なんだっけね?」

と高尾が呟き、倫太郎が、ああ、と言う。


「まだ季節じゃないかなと思って、入れてなかったんだ」


「え?

 季節商品ですか?」


 子狸たちと子河童が仲良くやってきたので、そちらに、いらっしゃいませ、と挨拶しながら、壱花はそう訊き返した。


「怖い話のガムだ」


「ああ、あれ、開けるまでが怖いですよね」

と壱花は笑う。


 あの恐ろしい感じの袋を眺めて、妄想しているときが一番怖くて楽しい。


 いや、こんな天気の日には眺めたくないんだが……と思いながら、壱花は言った。


「ガムのパッケージに、女の子の怖い人形の写真が出てるじゃないですか。

 あれが当たるっていう企画があったんで、思わず、応募しそうになりました。


 いや、当たっても部屋に置きたい感じではないんですが、なんとなく」


 それを聞いた高尾が、

「でも、別にそんなの応募しなくても。

 このあやかし駄菓子屋に置いておくだけで、ガムの袋の中から実物大のなにかが出て来そうだよね」

と笑って言ったので、子狸たちと子河童が抱き合って震える。


「……やっぱり、甘酒わかしましょうか」

と濡れてやってきた彼らを見ながら、ちょっと笑って、壱花は言った。


 雨だれの落ちる軒下を見て呟く。


「そういえは、冨樫さん、疲れ果ててるはずなのに来ませんね~」


「此処に来たら、お前が騒動起こして、余計疲れそうだからじゃないか?

 こんな日は、寄り道せずに帰って、ぐっすり寝るのが一番だよ」

と倫太郎自ら、この店の存在を全否定するようなことを言う。


「気分転換も大事だと思いますけど。

 冨樫さん、真面目ですからね~」

と言いながら、壱花は蝋燭の怪談が一区切りついたところで、せーのっ、と奥の座敷の戸を開け、駆け込んだ。






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