終わった後の物語

エピローグ

 深い眠りの底で見た物は、目を覆いたくなる所業だった。

 愛すべき子らを、愛すべき妻が殺めている。

 その姿を見るだけで、私の心は冷たくなっていった。


 道を踏みはずした姿を見ては居られない。

 我が子らをその手にかける姿を、ただ見ては居られない。


 それ以上の罪を重ねてはいけない。

 それ以上の咎を重ねてはいけない。

 美しき銀月の如き身を汚してはいけない。

 

 無邪気さ故に重ねる罪の重さを理解していないのだ。

 無垢な故にその罪がどれほどの重さなのかを理解していないのだ。


 それ以上の蛮行を阻止せんと、全力を以って一石を投じた。

 残された力を振り絞り、禁忌の力を解き放つ。 

 神の行いを止めるのであれば、神を殺す力が必要だ。


 そして債は投げられた。

 神の手を離れ、結果を知る者は誰一人としていない。

 たとえ太陽神と崇められたこの身であっても。


 しかし。

 しかし、願わくば。


 我が子らよ。

 我が愛しい子供達よ。

 どうか、私の愛する者を止めてくれ。


 愛が故に狂ってしまった、彼女を。

 無垢で純粋な狂気を秘めた彼女を。

 たったひとり残してしまった彼女を。


 我が愛すべき妻であり、世界を照らす銀月の女神、アルディミスを。 



 ◆


「お願いします! あの男を……殺してください!」


 懇願する女性はそう言うと、胸元から革袋を取り出し、俺達へと差し出した。

 響くのは金属が擦れる音。中に硬貨が入っているのは間違いなさそうだ。

 ただお世辞にも身なりが綺麗とは言い難い女性が持つには、少々疑問が付きまとう大きさでもある。

 

 どうやって稼いだのか。そんな俗物的な好奇心が顔を覗かせるが、今はそれを振り払う。

 重要なのは彼女の覚悟が本物なのかを確かめること。

 そして、本当にその『復讐』が必要なのかを、見極めることだ。


「お母さん! あの人を殺したって誰も救われないよ! お父さんと兄さんだって、きっとそんなこと望んでない!」


「いいえ、そんなことないわ! 金に目がくらんだあの男のせいで、危険な道を通ったばかりに、魔物に襲われて……。苦しかったでしょう、悔しかったでしょう……。」


 商人が急かしたばかりに、危険な道を通った御者の二人が魔物に襲われて死んだ。

 要約すればそうなるのだろう。しかし要約されたその言葉の中には、俺達が計り知れないばかりの感情が含まれている。

 怒りや悲しみ、恨みや憎しみ。それらがないまぜとなり、母親である女性を狂わせていた。

 

 魔物の出現情報は事前に知らされていた。その場所が危険だと御者の二人は何度も説明した。

 しかし商人は納得せず、これからの取引をすべて白紙に戻すと二人を脅した。

 その結果、どれだけの惨劇を生み出すかなど知りもせずに。 


 生きていくため。そして家族のため。

 そのために仕事を受けて、命を落とした。

 その事実がより深く女性を傷つけているに違いない。


 子供が正しさを説いた所で、女性の耳には届かない。

 公平な意見を言ったところで、女性は納得しないはずだ。

 であれば、最後は俺達が請け負うほかない。


 幼い少女と視線を合わせたヴィオラは、頭を撫でながら慈愛の籠った声音で言った。


「そんなに幼いのに、とっても利口ね。その通り、復讐したって、これっぽっちも救いはないわ」


「でも復讐はね、救われるためだけの行動じゃない。自分達の痛みを相手に知らしめるためにすることだよ。理不尽なことに対する抵抗の証なんだ」


 そう言うと、ファルズは硬貨の入った革袋を女性へと返す。

 俺達よりも家族を失った彼女達の方が必要になると考えた結果だろう。

 相変わらずファルズらしいと思うと同時に、覚悟を決める。


 少なくとも俺達は、金額で依頼を受けるかどうかは判断しない。

 それだけの覚悟があるのか。その復讐が必要なのかを見極めて、行動する。


 革袋を押し返された女性が、悲痛な表情で俺達を見上げた。

 依頼を断られたと勘違いしているらしい。

 そこでなにか言えと言わんばかりにファルズとヴィオラが視線を送ってきた。


 少女と母親の関係を壊さずに、うまいこと話を纏める事が出来ればいいのだが。

 どうするかと少しばかり悩み、そして面倒な思考を破棄する。

 どのみちすることは決まっている。ならばそのままを語ればいい。


 薄暗い路地裏で、ゆっくりと女性と少女の目を見て、語って聞かせる。


「痛みを受けたなら黙ってる必要はない。奪われたのなら目を瞑って耐える必要はない。怒れ、狂え、そして叫べ。その復讐は、俺達が代わりに果たしてやる」


 小さく頷くファルズと、額を抑えるヴィオラ。

 もう少しうまく言えなかったのかと、後から小言を貰いそうだ。

 ただ俺の考えをそのまま口にしただけなのだから、仕方がない。


 悪を裁くだとか、神の代理だとか、そんな大層なことではない。

 そんな連中がのさばっている事が気に食わないから、俺達が勝手にやっていることだ。

 理不尽には相応の力を……この破壊者の能力を以って、対抗する。

 それが俺の考えであり、行動理由でもあった。


 神の血を浴びたこの身は、常人ならざる力を手に入れた。

 他の二人もどうにか一命は取り留めた。

 神殺しと言う業を背負ったが、だから何だと鼻で笑い飛ばす。


 俺達がどう変わろうと、やることは変わらないのだから。

 

 方針は定まっている。

 後は行動に移すだけだ。


「さぁ、教えてくれ。お前達が復讐を願う相手は、どこにいる?」

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