第49話

 狭い路地裏に響いたのは、今朝にも聞いた声だった。


 見張っていた二人も、この少年が飛び込んでくることは想定外だったのか。

 驚きの表情でこちらを見ている。

 さすがに一度は世話になっている相手を、無下にはできなかったという事か。

 

 ただその少しの情によって、面倒な状況に陥っていた。

 俺を睨みつける少年はすでに剣を引き抜き、俺へと切っ先を向けている。

 その背後では先程までとは打って変わってしおらしくなったロロが、肩を震わせていた。


「じ、ジーク君!? なんでここに……。」


「無事でよかった。お前達は、なんてことをしてるんだ! こんな無抵抗の娘を斬ろうとするなんて!」


 一瞬だけ、その言葉を理解できなかった。

 だがよく考えてみれば部外者から見れば、無抵抗のロロを俺が一方的に剣で斬ろうとしていたように見えるのか。

 俺とロロの関係性を知らなければ、客観的に見てジークの主張は正しいのだろう。

 ただ部外者に首を突っ込まれて、引き下がる程に俺も穏便ではない。


「そこをどけ。殺されたくなかったらな」


「私が彼に悪いことをしてしまったの! だから……。」


 悲劇のヒロインを演じているつもりか、ロロがジークの背中でうずくまる。

 小柄で容姿だけは良いロロがあんな素振りをすれば、大概の男はこの状況でロロの側につくだろう。

 そして、ジークもその例外ではないと、思っていたのだが。


「それ以上は言わなくていいよ、ロロ。本当の君が誰よりも優しいひとだって、俺は知ってるから」


「ジーク君」


「大丈夫だよ、絶対に守って見せるから」


 どうやら二人の関係は想像以上に面倒だった。

 ロロとジークは顔馴染み以上の関係なのだろう。

 この雰囲気を見るに、それ以上かもしれない。

 

 瞬時に二人の空間に入り込んだロロとジークをどうするかと悩んでいると、背後から失笑交じりの声が聞こえた。


「なんだい? この三流の芝居は。あんな性格の女の子に騙されるなんて、男はどこまでも馬鹿なんだね」


「ファルズ、それ以上言うな。俺に刺さる」


「はぁ、なんとなく話が見えてきたわね。あの女に騙されて、殺されかけたんでしょ。そしてそれを指示していたのがイベルタだった、と。兄さんもだけれど、こんな簡単に女に騙されるなんて、ほんと男って……。」


 女から見れば女の嘘は容易に見抜けるのか。

 それに騙された俺への評価が急降下していくのが、目に見えて分かった。

 ここまで散々に言われては、恐らく当分引きずるだろう。

 

 ただ先駆者として、ジークに一応の事実を伝えておくべきだろうか。

 なにも知らずに殺されるとなれば、彼もかわいそうだ。


「いいか、ジーク。その女は他の仲間と結託して、俺を殺そうとした事がある。金銭の目的でな」


「ち、違う! 私は反対したの! でも他の仲間に脅されて……。」


「お前は知らないだろうけど、ロロがお金を集めていたのは孤児院に寄付するためだ」


 その設定がまだ生きているとは。

 驚愕と同時に、思わずため息も出る。


「それが本当だったら、多少は俺も救われたんだろうがな。それに崇高な理由があれば仲間を殺しても良いのか?」


「いいや、そんなはずない。でもロロは十分に反省してる。許されない罪なんて、この世にはない」


「なら俺もそいつを殺してから懺悔すればいいか? そうすれば許されるんだろ?」


「こ、この、屁理屈を!」


「ジーク君、もういいの! 子供たちの未来の為だったけど、酷いことをしたんだから。私は罰せられるべきなんだよ」


 よほど場をかき乱すのが好きなのか。

 ロロは心にもないであろう言葉で、ジークを焚きつける。

 きっとロロは、悲劇のヒロインになりきっているのだろう。


 さしずめ、ジークは正義の英雄か。

 すすり泣くロロの声を聴いて、ジークは挑むように俺を睨みつけた。 


「お前達がしようとしてるのは、醜い復讐だ。そんな事をしたって、誰も救われない! 復讐は復讐を呼び、負の連鎖が続いていくだけだ!」


「あぁ、そうだな。だからどうした?」


「な!? お前、自分が良ければそれでいいのか!? 関係のない相手まで巻き込むとは考えないのか!? 自分達でその流れを断ち切ろうとは、考えなかったのか!」


 その時、路地裏に少女達の笑い声が響き渡る。

 背中で話を聞いていたファルズとヴィオラが、ジークの言葉にこらえきれなくなったのだろう。

 その笑いが自分を笑う物だと気付いたジークは、ありえない物を見たとでも言いたげに、驚愕の表情を浮かべた。


 そして俺も、ジークの掲げる正義感を鼻で笑う。

 童話で世界のすべてを学んだような、青臭い正義感を。


「ジークとか言ったな。確かにお前の言うことは正しいのかもしれないな。どこかで負の連鎖を断ち切らなければ、俺達のような連中が延々と憎むべき相手を殺し続ける事になる」


「ならそこをどけ!」


「いいや、お前が止めてくれ。俺達は今から、その女を殺す。だがお前は手出しをするな。これ以上、報復が続かないよう、目の前で大切だという人間が殺される様を眺めていろ。だが俺達を憎むことはするなよ? 復讐心に駆られようが、これ以上の被害を生まないためだと、その感情を押し殺せ。たった今、お前自身が言ったようにな」


「そ、そんなの、詭弁だろ!」


「詭弁? お前は自分の主張がどれだけ捻じ曲がった正義で語られているのかを、理解していない。相手には復讐を辞めるよう説得しておきながら、自分がそうしないのはなぜだ? それは俺達の立場に立ったことが無いからだ」


 見れば、ジークの剣の切っ先が震えていた。

 俺を射抜く視線も、弱々しい物になっている。

 それでも手加減などする気はないが。


「大切な故郷を焼き払われたことはあるか? 命より大切な兄妹を目の前で殺されたことは? そしてこの身の全てを捧げた仲間達に裏切られ、絶望の淵を彷徨ったことが、お前にあるのか?」


 俺が一歩進めば、ジークは一歩下がる。


「今のお前は安全な場所から俺達の復讐を指さして、表面だけ飾り立てた正義を押し付けているだけだ。分かったなら、そこをどけ。興味本位でそこに立つなら、容赦はしない」


 壁際で震えるジークは背中のロロを庇うように、必死に俺に剣を向けていた。

 しかしそこには当初の勢いも、熱量もありはしない。

 ただ逃げ出さないだけで精一杯なのだろう。

 とてもではないが、戦えるようには見えなかった。

 

 しかし最後通告を終えたのだから、これ以上は待つつもりもない。

 相手が戦えない状態であろうと、邪魔をするのなら容赦するつもりは毛頭ない。

 再び剣の柄に手を伸ばした俺を見て、ロロが声を上げる。


「ジーク君は生きて。私は……私の罪を償うだけだから」


 まだ手足は小さく震えている。

 だがジークは、振り絞るように声を張り上げた。


「大丈夫だよ、ロロ。なにがあろうと、君の事は絶対に、守り抜く!」


 浅ましい事、この上ない。

 ロロの姦計に乗せられ、まんまと延命のための駒として操られているとは。

 まさかジークも自分自身が、懸念していた『無関係の被害者』に成り下がっているとは、気付かないのだろう。

 なら自分が正義の味方とでも錯覚しているうちに終わらせるのが、せめてもの慈悲か。


「なるほど、それがお前の答えか。なら諸共、殺すだけだ」


 手加減の一切ない、渾身の一撃を振り下ろす。

 しかし見えたのは、ジークの背後で笑みを浮かべるロロの姿。


 その次の瞬間。

 俺の体を、凄まじい衝撃が貫いていた。

 遅れてくるのは、体を駆け巡る痛覚。


 意識を一瞬だけ手放しは俺は、すぐさは受け身を取って、態勢を立て直す。

 見れば家屋の壁を突き破り、大通りまで吹き飛ばされていた。 

 巨大な穴が開き、崩れる家屋の中から姿を現したのは、ジークだった。 


 少年はゆっくりと俺の所まで歩いてくると、剣を地面に突き立てる。

 そして高らかに宣言するのだった。


「この『勇者』のスキルを持つ俺がいるかぎり、仲間は絶対に傷つけさせはしない!」

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