第50話


「ゼル・インパクト!」

「シャイン・エッジ!」


 淡い燐光を放つ剣と眩い光彩を放つ剣が交差し、壮絶な力の奔流が周囲の建物を崩落させた。

 幾度となくぶつかり合う力により被害は増え続け、悲鳴と火の手が広まっていく。

 ただ周囲に気を遣って手加減をすれば、すぐさまにも形勢は傾いてしまうだろう。

 それ程に、ジークの持つスキルは強力無比だった。


 どうにか俺が互角に戦えているのは、実戦経験の差があるからだ。

 戦いが長引き、ジークが俺の動きに慣れてきてしまえば、俺に勝機はないだろう。

 だが逆を言えば未だにジークは実戦に慣れ切っていない。


 この瞬間、この少ない時間が俺に残された僅かな好機と言えた。

 胸に渦巻く焦燥感を押し殺しながら、冷静にジークの動きを見定める。

 その時、背後から二人の声が聞こえてきた。 

 

「アクト! 無事かい!?」


「なんとかな。だがジークのスキルに手を焼いてる。見たことも聞いたこともないスキルなんでな」 


「これは邪悪な存在を祓う力。お前みたいな人間を、倒すための力だ!」


 まっすぐに俺を見据えるジークは、再び剣を構える。

 そこには互角である俺への恐れや警戒は見て取れない。

 あるのは自分が勝利するはずだという、明確な自信だけだった。


「ジーク君! 私も手伝います!」


 ジークが優勢と見たのか、物陰に隠れていたロロが顔を出す。

 神官としての能力を持つロロがジークの傷を治してしまえば、戦いは長引くだろう。

 周囲の状況を見ても、そしてジークの成長率を鑑みても、ロロの存在は邪魔でしかない。


「ファルズとヴィオラはあの女を黙らせてくれ。このガキの相手は俺がする」


 追いついてきた二人にロロへの対処を任せようとするが――


「させるか! ライトニング!」


 瞬間、閃光が奔った。

 魔法の稲妻は轟音と共に地面を抉り、ふたりをロロへ近づけさせない。

 ただ魔法の扱いには全く慣れていないのか、狙いは定まっていない。

 とは言え無詠唱で上級魔法を繰り出したジークに、ヴィオラが毒づく。


「あのジークって男、いったいなんなの!? なんであんな魔法を簡単に使えるのよ!」


「勇者と名乗っていたけれど。そんなスキル、僕も聞いたことがない」


 困惑するふたりを前に、頭をよぎるのは俺の破壊者というスキル。

 ジークの持つ勇者というスキルは、この破壊者に近しいスキルなのではないか。

 となれば情報が出回っていない事は十分に納得できる。

 問題はそんなスキルにどう対処するかだが――


「厄介な相手なら、速攻で始末する。ロロは基本的な神官のスキルしか持っていない。追い詰めて殺すのに苦労はないだろう」


 三人での集中攻撃を行えば必ず隙は生まれる。

 その瞬間に俺の必殺の一撃を打ち込めば、それで終いだ。

 どれだけ強力な能力だろうと、確実に息の根を止める自信があった。

 ただ、ファルズは懸念を口にした。


「でもこれ以上、大事にすればイベルタに気付かれるよ」


「それが狙いだ。こんな街中にいるからイベルタを探し出せない。俺達が問題を起こして移動を始めたら、それを追えばいい」


「乱暴だけれど、それが効果的かもしれないわね。憲兵団や他のアンセムのメンバーに邪魔をされなければの話になるけど」


 見渡せば、非難の視線が集まってきている。

 俺達はこの街の住人から見れば、アンセムのメンバーであるジークを殺そうとする余所者だ。まぁ、実際にそうなのだが。

 これだけの被害を出しておきながら、ジークとの戦いが終わった後、穏便にこの街から出られるとは思えない。

 それどころかヴィオラの考え通りに、憲兵団やアンセムのメンバーが駆けつけてもおかしくはないだろう。

 振り切る事はできるだろうが、必要以上の犠牲を出すのは俺達も望むところではない。


 手早く事を大きく荒立て、そして手早く街を去る。

 それが今の俺達に残された最善の選択だ。

 となれば、目の前の敵に使える時間はさほど多くはなかった。


「ここから去れ! 俺も必要以上に傷つけたくない!」


「その女を殺して、目的を果たしたら、言われなくともこんな街からは離れるさ」


「させないって言ってるだろ。この勇者がいるかぎり、お前達の好き勝手にはさせない」


 勇者勇者と連呼するジークに、思わず首を傾げる。

 さすがの俺にも善悪の分別はあり、俺が悪であるのは理解できる。

 ここまでしておいて、正義の味方だと名乗るほど狂ってはいない。

 しかし彼の持っている正義感は全くと言っていいほどに理解できなかった。


「まぁいい。話し合いは終いだ。元々、話し合いで解決できるとは思ってなかったが」


「そっちがその気なら、仕方がない。俺が、この勇者がロロを守る!」


 宣言するジークは、剣に眩いばかりの光彩を纏わせる。

 それも先程とは比べ物にならない程の光が、夜闇を打ち払った。 

 その光は確かに邪悪な力を祓う聖なる力を想起させる。

 敵対しておる俺でさえ、包み込むような暖かささえ感じるのだ。

 

 周囲の人々も閃光を放つジークの名を呼び歓声を上げる。

 街を荒らす悪人を討ち滅ぼさんとする勇者の名を観衆が叫ぶ。

 か弱い少女を守る英雄に、人々は歓喜する。




 ただ、これだけの騒ぎになればイベルタの耳にも入るか。




 もはやジークの役割は終わったと言っていい。

 これ以上は時間の無駄であり、早急に勝負を終わらせるべきだろう。

 ゆっくりと右手を上げてジークへと向ける。

 そして破壊者のスキルを、おもむろに発動させた。


「終わらせよう。ゼル・エリミネーション」


 ゆっくり、ゆっくりと拳を握りしめる。

 そして掌が完全に閉じ切った瞬間。

 ガラスの砕ける様な甲高い音が響き渡った。


 ◆


 喧騒さえ打ち消す程の音に、数舜の沈黙が訪れる。

 そんな中で最初に動いたのは、ジークだった。 

 自分の身になにも起きていないと思っているのか。

 

 ジークは手を突き出したままの俺を見て勝ち誇った様な笑みを浮かべた。

 いや、実際にジークは俺に勝ったと思っているに違いなかった。

 

「は、ははは! まさかこんな状況ではったりなんて、もう手詰まりなんじゃないか?」


 笑うジークの影で、ロロも俺を見て口元を抑えていた。

 あれは笑いをこらえる時の仕草だ。

 思惑道理に事が運んで上機嫌になっているのだろう。

 だからこそ、絶望に落とした時に楽しいのだが。


「なにをしたの?」


「勝負に勝っただけだ。後はあの男を殺し、ロロを殺す」


 ファルズの疑問も、もっともだ。

 俺がなにをしたのか、これではなにもわからないだろう。

 見て分からないからこそ、この能力は強力と言えるのだが。

 

 再び剣を構えた俺に、ジークがすかさず剣を振りかざす。

 すでにスキルを発動させていた分、有利だと思っているのだろう。

 実際に最初にスキルを発動させていた方が、有利なのは変わりない。

 

 しかしジークは気付いていなかった。

 いや、ジークだけではない。

 誰も気づいていなかったのだろう。

 彼の剣から、光が消えていたことを。


「させるか! シャイン・エッジ!」


「ゼル・インパクト」


 再び重なり合う、剣と剣。

 ただ違うのは、一方の剣から光が消えている事。

 そしてそれがどんな結果をもたらすのかを、本人が自覚していなかったことだ。


 振り下ろされる剣と、それを迎え撃つ剣。

 一瞬だけ遅れて発動した俺のスキルが、ジークの一撃を迎撃する。 

 そして、俺は目の前の少年に別れを告げる。


「じゃあな、勇者様」


 

 勇者の剣と、俺の剣が交差し――







 ――次の瞬間、ジークの上半身が消し飛んだ。

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