第48話

 再びレミューリアに戻ってきた時には、すでに月が真上に上る頃だった。

 一応は復讐を終えたファルズも落ち着いた様子で、じっと真上に浮かぶ満月を眺めていた。

 燃え尽きた、と言っていいのか。

 ただヴィルヘルムを前にしたファルズを見た身としては、彼女が日頃からどれだけ外面を繕っていたのかを理解させられた。

 あれだけの複雑な感情を内に秘めたまま、ひとりで復讐を成し遂げようとしていたのだ。

 それを手助けできたことは、不幸中の幸いと言えるだろう。 

 ヴィルヘルムの言葉を借りるのであれば、悪ではあるが間違ってはいない、となるか。


 ただヴィルヘルムを葬ってもすべてが解決したわけではない。

 それどころか、イベルタがヴィルヘルムを操っていたと分かった今、俺達三人の目的は完全に一致していた。 

 となれば一刻も早くイベルタを見つけ出し、早急に事を終わらせる必要がある。

 ヴィルヘルムの死を気取られれば、面倒な事になるのはわかりきっているからだ。 


 しかし、口で言うのは簡単だが、実際に行動に移すのは難しい。


「ヴィオラ。まだイベルタの居場所はわからないのか」


「この街にいるのは間違いないわ。でも、それをどうやって探すかが問題ね」


 追跡者という能力を持ってしても居場所を特定できなければ、この街の中にいると言われても、探し出すのは困難を極める。

 なにか有用な方法が無いかと悩んでいると、背後から声を掛けられた。


「少しいいですか。お話したい事があるんです」


 その声を聞いた瞬間だった。

 背中に痺れるような感覚が駆け巡る。

 ここまで来て、聞き間違えるはずがない。


「悪いね、僕達は少し急いでいて――」


「待て、ファルズ。その女を捕まえておけ」


 慣れた手つきで追い払おうとするファルズを、すぐさまに制止する。

 俺の表情を見たファルズは、素早い動きでその女の背中に回り込み肩を掴んだ。

 ヴィオラも瞬時に状況を理解したのか、そっと背中のクロスボウに手をかける。

 そんな状況であっても、目の前の女は余裕の笑みを浮かべていた。


「そんな事しなくても、あの時みたいに逃げませんよ」


「どうだろうな。お前の本当の性格を知ってる俺が、そんな言葉を信用すると思うか?」


 思わず零れる笑みを抑え、女の目を覗き込む。


「酷いですね。一緒に頑張ってきた仲じゃないですか」


「あぁ、まずはそのふざけた喋り方を辞めろ。前歯をへし折られたくなかったらな」


 思わぬ再会、と言えるのだろうか。

 それともこれもイベルタの計画の一環なのか。

 なにはともあれ、この再会を喜ぶべきだろう。


 殺すべき相手が自分から目の前に現れてくれたのだから。

 裏切者共の中でイベルタと最も親しいと思われるロロが。 


 ◆


 俺とロロの話は、人通りが少なくなったとはいえ、大通りでするような話ではない。

 狭い路地裏へとロロを連れ込み、そして出口をファルズとヴィオラに塞いでもらう。

 それでも自分の置かれた状況を理解していないのか、ロロはふざけた様子で声を上げた。


「久しぶりです、アクトさん。最後に会ったのは同じベッドの上でしたね。 ってあれ? 連れてる女はなにも反応しないんですね。手を出してる訳じゃないんだ」


 瞬間、拳に肉を打つ感覚が伝わる。

 口元を抑えたロロがよろめき、建物の壁に激突した。

 軽くむせたロロが吐き出したのは、血と小さな白い破片。

 砕けた歯の欠片だった。


「言ったはずだよな。歯をへし折るって」


「酷いなぁ。神官の私じゃなかったら、大変な事になっていますよ?」


 ロロは短い詠唱をして、口元の傷を治す。

 そして口元の血を拭うと、再び俺の前に立った。


「それで、俺の前に大人しく殺されに来たって訳じゃないんだろ。イベルタの使いか」


「ご明察です。その鋭さで私達の計画を見抜ければ、こんな事にはなっていなかった――」


 言葉が終わるより前に、ロロの体が地面を転がった。

 腹の中の物を吐き出したロロをもう一度、無理やり立たせる。

 そして手を、腰に下げた剣の柄に置いた。


「次に無駄な口を叩いたら、両腕を切り落とす」


「わかりましたよ。私はイベルタの言葉を伝えに来たんです。今すぐ街を去り、すべてを忘れろ。そうすれば命だけは助ける、って」


「そんな言葉を信じると思うか?」


「そこは三人の裁量に任せます。でも最初に言っておきますが、ここでイベルタに歯向かっても意味はありません。それどころか、今後は日の目を見て歩けなくなる」


 先程とは違い真剣な眼差しのロロは、俺やヴィオラ、ファルズを順番に見回して言った。


「イベルタの支持者は、至る所にいますから。ギルドや憲兵団はもちろんの事、冒険者や商人、貴族や王族の中にまで。彼女を殺すと息巻くなら、どうぞ。でも、失敗したり逃げられたりしたら、その時点で三人は死んだも同然」


 それはイベルタからの警告であり、そして脅迫でもある。

 自分に歯向かうのであればこの地上のどこにも逃げ場は無いのだと。

 それだけの権力を持ち、それだけの部下を従える存在。

 一見すれば俺達に勝ち目は無いように見えるだろう。


 しかし逆だ。

 今さらになって命だけは助けてやるなどとほざいている時点で、俺達がイベルタを追い詰めている証拠に他ならない。

 本当に俺達を殺すことができるのであれば、なぜ今までそうしなかったのか。

 それは実際に俺達を止めるだけの能力を有していないからだ。


 レリアンにローナ、フォルテナやヴィルヘルム。

 全員が全員、同じ末路を辿っている。

 すぐにイベルタも同じ運命を迎える事になるだろう。


 つまりこれらは全て、こけおどしや無意味なはったりだ。

 もはやロロの言葉さえも聞く意味はない。


「慎重に行動すべきですよ。イベルタからのありがたいお言葉は、それぐらいかな」


「なるほど、非常に参考になった。だからイベルタに伝えておいてくれ」


 ゆっくりと剣を引き抜き、そしてロロの肩に添える。

 後は力を込めて、切り落とすだけだ。 

 華奢な女の片腕など、一瞬で事足りる。


 剣の刃が食い込む瞬間、ロロの表情が一瞬だけこわ張るのを見逃さなかった。

 だがここで殺すわけではない。イベルタに伝言を伝えてもらわなければ。 

 それを追えば必然的にイベルタの元にたどり着けるかもしれない。


「必ず殺しに向かうってな」


「あーあ、一番つまらない答えですね、アクトさん」


 相対するように俺を見上げるロロは、ふと視線を大通りの方へと向けた。

 その瞬間、聞き覚えのある声が夜闇を引き裂いた。


「動くな! お前達、なにをしてるんだ!」


 赤毛に黒い瞳。活発そうな顔は今、明白な怒りを浮かべている。

 以前と違う点を挙げるとすれば、その怒りが俺達に向けられている事だろうか。

 ジークは剣を抜きはなち、俺とロロの間に飛び込んできた。


 まるで、ロロを守る騎士のように。

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