第47話

 太陽が沈み、巨大な月が顔を覗かせる頃。

 金属がぶつかり合う音と共に、激しい火花が周囲を照らし出した。

 しかしそれも長くは続かない。

 

「ファルズ!」


 巨剣の一撃を受けきれなかったファルスが地面を転がる。

 しかし即座に受け身を取った彼女は、すぐに立ち上がり短剣を構えなおす。

 見れば片腕に浅い切り傷を作っているが、致命傷ではない。

 顔を歪ませたファルズは、腕の調子を確かめて小さく頷いた。


「大丈夫だよ。でも、あの男の動きは……。」


 短剣術士のファルズは奇襲を得意としている。

 一方でヴィルヘルムは正面から技量だけで戦いを挑んでいる。

 そんなヴィルヘルムが使っているのは、ファルズよりも巨大な剣であり、その動きは決して俊敏とは言えない。

 身のこなしが軽いファルズとは決して悪いカードではない。そう思えた。

 

 だというのに、ヴィルヘルムはファルズを圧倒していた。

 そもそもの地力が違うというのか。

 ファルズの動きの殆どが先を読まれていた。


 極力、手出しをしないようにしていたが、ファルズの勝算は薄い。

 数舜の迷いの末に、追撃を仕掛けようとしていたヴィルヘルムの正面へと躍り出て、剣を振りかざす。


「この!」


 手に伝わってくるのは、金属を打ち付けた感覚。

 速度では俺が勝っている。

 しかし、ヴィルヘルムはいとも簡単に俺の一撃を防いだ。

 そんな彼は余裕さえ感じさせた。

 

「感情に任せた剣では勝てぬぞ」


「お前の仲間はそうでもなかったがな!」


 身を引き、異なる角度から斬り込む。

 受け流される。

 避け難い足元を狙って、突きを繰り出す。

 受け流される。

 速度と手数で圧倒しようと、斬撃の嵐で追い込む。

 それもすべて、受け流される。


 それはまるで、巨大な岩を相手に戦っている感覚だった。

 反撃こそ貰っていないものの、ヴィルヘルムに傷ひとつ付ける事すらできていない。

 打ち合う剣の向こう側から、ヴィルヘルムは場違いな感嘆の声を上げる。


「ふむ、良き剣だ。だがそれ故に、あの方の脅威でもある」


「悠長だな。誰かの心配をしている暇があるのか?」


「無論だ。引退した身ではあるが、武器の性能とスキルに頼り切ったお前に遅れを取る程、俺も落ちぶれてはいない」


「そうかよ! ゼル・インパクト――」

 

 淡い燐光を纏った剣が、夜闇に軌跡を残しながら振るわれる。

 スキルを使えばヴィルヘルムをファルズを差し置いて殺してしまう心配があった。

 しかし打ち合って理解する。

 熟練の剣士であるヴィルヘルムならば、一撃では死なないという、ある種の確信が生まれていた。

 

 そしてヴィルヘルムは優れた剣士ゆえに、その剣を破壊してしまえば流れは一気に変わる。

 巨剣を狙っての一撃はしかし、思わぬ結果を生み出した。


「アクト!?」

 

 ファルズの叫び声が、やけに近く聞こえた。 


 腕に伝わってくるはずの手ごたえは、一切ない。

 かわりに訪れたのは、激しく揺れる視界。

 そして全身を駆け巡る程の衝撃と、一瞬だけ遅れてくる激痛。 

 天地が激しく入れ替わり、土と血の味が口に広がった。 

 

 受け身を取る事すらできず、地面を転がる。

 遠のく意識を無理やり引き寄せ、状況を整理する。

 余りの出来事に意識が追い付いていないが、周りを見渡せばなにが起きたのかは、なんとなく理解できた。

 

「スキルと言うのは、不便な物だ。今からの行動を高らかに叫ぶ必要があるのだからな」


 俺の攻撃を先読みしたヴィルヘルムの一撃を、無防備な状態で受けたのだ。

 攻撃をする瞬間が、最も無防備になる。

 騎士のスキルを持っている時に、嫌と言うほど自分に言い聞かせたのだが。

 この破壊者の戦い方に慣れ過ぎたか。


 鈍痛が残る体にむち打ちどうにか立ち上がる。

 そしてヴィルヘルムに思考する暇を与えず、即座に攻撃へと移る。

 この破壊者のスキルに置いて、守りは必要ない物だ。

 攻めて、攻めて、攻め滅ぼす。


 ゼル・インパクトは見切られている。

 熟練の剣士相手に二度も同じ技は使えない。

 初撃が見切られているのなら、なおさらだ。

 ならば別の手段を以って、ヴィルヘルムを攻略すればいい。


 心臓が早鐘を打ち、体が重くなり始める。

 それでも攻撃の手は休めない。

 徐々にスキルが立ち上がるを、感じながら。


「何度繰り返そうと、同じ結果だ」


「本当にそうか? お前が俺の剣を受けた時点で、結果は決まってるんだよ!」


 俺の剣に光が宿った瞬間、ヴィルヘルムは距離を置こうとした。

 先程同様、俺の攻撃を見切って反撃するためだろう。

 しかしそれを許す程、俺も甘くはない。


 距離を詰め、そして叫ぶ。


「ヴィオラ!」


 風切り音と共に飛来した一矢が、ヴィルヘルムの動きを一瞬だけ阻害する。

 その一瞬は、この近距離での戦闘においては命取りだった。

 苦し紛れに俺への反撃に移ったヴィルヘルムだったが、その手が再び止まる。


 見れば、ヴィルヘルムの両肩に一対の短剣が突き刺さっている。

 剣士にとっては致命傷となり得る一撃だ。

 逃げ道も、反撃の余地も潰した。


 しかし、ヴィルヘルムの闘志は死んではいなかった。

 たぎるような意思を燃やし、目を見開いた。


「ならば、お前だけでも道連れにするぞ、破壊者!」 

 

 咆哮と共に、ヴィルヘルムの掲げた剣が煌々と輝く。

 それは剣士としての矜持か、それとも自分の技量を信頼した結果か。

 魔剣と言う切り札を持ちながらも、それを切るのが遅すぎた。


 俺の剣と猛き魔剣が触れた瞬間、スキルを開放する。


「ゼル・バースト!」


 光の奔流がヴィルヘルムの魔剣を包み込んだ。

 響き渡るは、魔剣の悲鳴。

 刹那の内に、地面には金属片が散らばった。


 それらを見て、ヴィルヘルムは勝敗を悟ったように腕を下した。

 そしてもはや意味を持たない剣の柄を投げ捨てる。

 剣士が剣を手放すその意味は、ただひとつ。


「見事。俺の、負けだ」 


 ◆


 勝敗は、決した。

 剣を失ったヴィルヘルムはよろめきながら、地面に座り込む。

 背中には矢が刺さり、肩には深い切り傷。

 今のヴィルヘルムには抵抗の力が残っていないように見えた。


「アクト、ここからは――」


「分かってる。終わらせて来い」


 ゆっくりと歩みを進めるファルズの背中を押す。 

 死を待つ身となったヴィルヘルムは、再び謝罪の言葉を口にした。


「済まなかった。銀の獣よ」


 それは許しを乞う言葉だった。

 しかし命乞いとは違って聞こえる。

 自分の罪を理解しながら、それを悔やんでいる者の言葉だ。

 ヴィルヘルムほどの人物がなぜイベルタに与するのか。

 不可解ではあったが、それを本人に問いただすことは無いだろう。

 もはや彼にそんな時間など残されていないのだから。


「謝罪なんて必要ないよ。そんなもの、今さら無意味な物だ」


 ファルズは短剣をヴィルヘルムの付きつける。

 すでに覚悟を決めていたのか。

 一切の動揺の色を見せないヴィルヘルムに、ファルズは笑って見せた。


「今の僕を癒せるのは、お前の死に様だけだ!」


 その刃に何を込めたのかはわからない。

 怒りか、悲しみか、後悔か、復讐心か。

 ただ間違いなく言えるのはそこに一切の躊躇いが無かったことだ。


 一対の短剣が夜闇に煌き、鮮血が舞う。

 長い長い旅路の末に行われた復讐は、たった一瞬の内に終わりを告げた。

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