第45話
「お前達、また外から来た冒険者を脅してるのか!」
「す、少し冗談を言っただけだろ。そう熱くなるなよ」
少年はなんの躊躇もなく、俺達と冒険者の間に飛び込んできた。
そしてファルズを庇うようにして、冒険者達を睨みつける。
ファルズに突っかかってきた冒険者達に比べて小柄な体躯であっても、少年は一歩も引かない。
それどころか、後ろに下がったのは、冒険者達の方だった。
「今回だけは見逃してやる。だからさっさと消えろ! 俺の気が変わる前に!」
吠える少年に、冒険者達はすぐさま踵を返して姿を消した。
争いの種が無くなったことで緊張が解けたのか、ギルドの内部にはすぐにいつもの喧騒が戻ってくる。
そこで少年は小さく息を吐くと、俺達の方へと向き直った。
そこには先ほどまでの激しい感情を感じさせない、活発な笑みが浮かんでいた。
「大丈夫? あいつら、いつも他の所から来た冒険者を脅すんだ。まったく困ったものだよ」
「助かった。君は?」
「俺はジーク。こう見えても、冒険者をやってるんだ」
そう言ってジークは自分の胸を叩く。
軽装で一見、駆け出しのようにも見えたが、よく見ればその装備は使い込まれている。
胸の部分に輝くアンセムのエンブレムは伊達ではないようだ。
ファルズも肩の力を抜いて、ジークへ小さく頭を下げた。
「ありがとう、ジーク。君のお陰で助かったよ」
「困ってる人がいたら助けるのは当然だろ。それに君のような女の子なら、なおさらね」
そんなセリフを吐くジークに、ファルズが小さく苦笑を浮かべる。
ただ隣にいたヴィオラがそう言えば、とファルズの腕を握った。
「良い人ね。でも少し急いでいるから、この辺で失礼するわ」
下手に目立つことは避けたいのだろう。
ヴィオラは、追跡者の能力を最大限に発揮するのであれば、相手に自分の正体を知られてはいけないと、常々言っていた。
少しばかりの諍いとは言え、ギルドの内部で注目を集めてしまった状況から、一刻も抜け出したいはずだ。
ただその背中に、再びジークが声を掛ける。
「あっと、少し待ってほしい。人探しをしているんだけれど、見てないかな。赤毛の大男なんだけれど」
「名前は?」
「ヴィルヘルム。俺の師匠なんだけど、訓練の時間になっても来てないんだ。堅物でいつも基本を大切にしろとか小言を言ってくるのに、本人は約束をこうしてすっぽかしてるわけだよ」
聞き覚えのない名前に、首を横に振る。
「いいや、知らないな」
「そうかぁ。見つけたら、俺に教えてくれないかな。東の広場にいるからさ」
当初の目的通り、地図を受け取りギルドを後にする。
しかしファルズは、ヴィルヘルムの名前を聞いて黙り込んだままだった。
結局、ヴィオラが手を引き馬車の元に戻るまで、ファルズは口を開こうとはしなかった。
◆
湖の都を出て、日が傾き始める頃。
目の前には目的地である山林地帯が広がっていた。
ただ、この一帯は山脈に囲まれている事もあり、日が落ちるのが早い。
山林地帯の一部にはすでに日が届いておらず、暗闇が広がり始めていた。
闇討ちをするには絶好の機会と言えるだろう。
だが、後ろに乗るファルズは固く口を閉ざしたままだ。
それを見かねたのか、ヴィオラが苛立ちを感じさせる声を上げた。
「今さら、迷ってるなんて言わないわよね。散々殺して、私を利用して、それで最後の最後で日和って逃げるなんて、許される訳ないわ」
挑むように、そして問い詰めるように、ヴィオラはファルズを見据えていた。
夕闇に輝く銀色の獣が、酷く弱々しく見えるのは気のせいではないはずだ。
言葉にはしないが、ファルズは迷いを抱えているのだろう。
今まで俺達が相対してきたのは、露骨に敵意をむき出しにする相手ばかりだった。
命を狙われたから殺した。殺されかけたから、殺し返した。それが成立する相手だった。
しかし今回のヴィルヘルムもそうとは限らない。
ジークの師としての一面を見て、自分が復讐すべき相手の別の一面を見て、迷いが生まれた。
俺もそうなれば、迷うかもしれない。
ロロに小さな子供がいて、そして善人の夫を持ち、幸せな家庭を築いていたら。
それを壊し、ロロを殺すことができるだろうか。
即座に断言できないという事は、俺の中にも少なからず迷いが生じているのだろう。
その状況に置かれているファルズの心情は、察するに余りある。
荷馬車にどれほどの沈黙が流れたか。
ぽつりと、ファルズは呟くように返した。
「大丈夫だよ、ヴィオラ。今日で全てを終わらせる。僕の復讐と、仲間達の弔いを」
車輪の回る音にかき消されてしまいそうな、小さな声。
しかし確かにファルズは、断言した。
ならばと馬車の速度を速め、目的地へと急ぐ。
ただ、無言で手綱を引く俺の背中をヴィオラが小突く。
「貴方からはなにもないの、アクト」
ファルズに一声かけろ、と言う意味だろう。
しかし発破をかけるつもりも、励ます気も俺にはなかった。
背後へは視線を向けず、ひたすら前だけに目を向ける。
「復讐は誰かに強要されてやる事じゃない。俺から言える事なんて、なにもない」
「仲間だっていうのに、冷たいのね」
「応援しろって? 頑張って憎むべき相手を殺せってか」
それこそ、ふざけた話だった。
ヴィルヘルムに復讐すると決めたのはファルズであって、俺ではない。
その復讐を無責任に後押しするような言葉をかける事などできるはずがなかった。
復讐は、自分の中に存在する怒りによってなされるべきだ。
でなければ復讐ではなく、ただの報復となる。
だがファルズは復讐すると俺に言っていた。
最初にファルズと会った時、彼女の中に見た復讐心は本物だった。
なら俺がここで余計な言葉をかける必要などない。
それこそファルズに対する、侮辱に他ならない。
だが投げ出す様な言い方の俺に、ヴィオラが横から顔を覗かせて、言った。
「貴方、女の子と親密な関係になったことないでしょ」
「すごいな、追跡者の能力は。俺の過去を言い当てるとは」
「分かるのよ。その言い方と性格じゃあね」
ヴィオラの容赦のない物言いに、思わす言葉を詰まらせる。
すると目的を前に、ようやく小さな笑いが背後から聞こえた。
隣にいたヴィオラも安心した様子で、小さなため息をつく。
後は相手を探し出し、息の根を止めるだけ。
それでファルズの復讐は終わる。憎しみから解放されるのだ。
夕闇迫る山林の中、俺達はまずは立ち上る煙の元へ向かった。
◆
その男は、切り開かれた広場の中心で立ち尽くしていた。
足元には薪の跡。そこから煙が立ち上り、目印の役割を果たしていた。
追跡者の能力を使うまでもなく、まるで俺達に見つけてくれと言わんばかりに。
そして俺達が訪れることを、事前に知っていたかのように。
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