第44話
近隣にある採石場の特別な石材を使った街並みは、湖に反射する光を浴びて純白に輝いていた。
湖の都、レミューリア。別名、白亜の街。
王都やゴールズホローの様な豪奢な華々しさは無くとも、街全体で作り上げる景観の美しさは負けず劣らずで、内陸の宝石とさえ呼ばれる街である。
状況が状況でなければ観光の一つや二つはしただろうが、今は優先すべき事がある。
「探し出せそうか?」
隣を歩くヴィオラの様子を窺う。
数日前から続けているイベルタの居場所の特定だが、一度も上手くは行っていない。
この街に来ればなにか変わるかとも考えたが、結果は期待した物ではなかった。
「やっぱり、正確な位置は把握できないわ。最初は距離があるからだと思っていたけれど、違うわね。なにか別の力が作用して、私の能力を妨害してるみたい」
「そんな事ができるのかい? ヴィオラの能力から逃げ切る事なんて、不可能だと思っていたけれど」
「私もそう思ってたわ。こんな事、初めてよ」
ヴィオラは近くにいるであろう相手を見つけられず、唇を噛む。
イベルタがどうやってヴィオラの能力から身を隠しているのかは、定かではない。
能力を保有しているヴィオラでさえ知らない方法があるのだろう。
だが完全に隠れられたわけではない。
この街にいるのは確実であり、それはヴィオラも保証している。
ならば別の視点からイベルタに迫ればいい。
「最初にファルズの目的を終わらせるか」
「いいの? 下手に動けばイベルタに感づかれるわよ」
「その相手がイベルタと関係があれば、どこにイベルタがいるか聞き出せるかもしれない。今までの連中が口を閉ざしていたことを考えれば、その可能性は少ないが」
思えば、レリアンやローナは頑なにイベルタの情報を話そうとしなかった。
それだけ結束が固いのか、それともイベルタへの裏切りを恐れているのか。
これまでの事を考えれば、ファルズの復讐相手も口を閉ざすに違いない。
だが、それをイベルタが黙って見ていられるか。
仲間を次々と殺す俺達に対して、何らかの報復や反撃を行う可能性が高い。
となれば送られてきた別の人間を拷問すればいい。
それを何度でも、何度でも繰り返す。
誰かがイベルタの居場所を吐くまで。
ただ、最初は最も殺す理由のある相手から始めるのが良いだろう。
「できるかい、ヴィオラ。できることなら、僕もぜひそうして欲しい」
俺がファルズを焚きつけるような形になったためか、ヴィオラが睨みつけてきた。
ただファルズたっての希望であり、仕方なくといった様子でヴィオラは再び居場所を探った。
するとヴィオラはすっと街の外側を指さした。
「今は湖の向こう側、西の山林地帯にいるみたいね」
てっきり、街中にいる物だと思っていた俺は、一瞬だけ面食らう。
しかしファルズには驚いた様子はなかった。
「僕が最後に見た時は、冒険者に似た身なりだったから。依頼をこなしているのかもしれない」
「その相手が人の目の少ない場所にいるのなら、俺達にとっては好都合だろ。準備を済ませて、そいつの所へ向かおう」
冒険者なら仲間を連れている可能性もあるが問題はない。
仲間を即座に始末するか、目的の相手だけを攫えばいい。
ただ俺の腕をつかんで、ヴィオラが声を上げた。
「少し待ちなさい。その相手を追うならギルドから周辺の地図を貰った方がいいわ」
「そうだね。この周辺の地の利を持ってる相手だから、闇雲に追いかけるだけだと追い詰められないかもしれない」
「まあ、そうだな」
追跡者はあくまで相手の居場所を知るだけのスキルで、その地形がどうなっているかは確認できない。
相手を確実に仕留める、あるいは攫うのであれば地図も必要になってくるだろう。
ヴィオラの言う通りに、周辺の地図を貰う為に冒険者ギルドへと足を運んだのだった。
◆
「レミューリア支部、冒険者窓口へようこそ!」
「この周辺での依頼を考えてるんだが、地図を貰えないか?」
冒険者の仕事を斡旋するギルドは、その補助として周辺の地形を詳細に記した地図を配布している。
もちろん有料だが、それだけの精度は非常に高い。
窓口の職員が地図を取りに向かっている間、周囲に注意を払っていたのだが、思わぬ事態が発生していた。
「おい、見ろよ。まさかあいつ、銀狼じゃないか?」
ふと振り返れば、二人組の冒険者が顔をしかめていた。
それまでヴィオラと話していたファルズはすぐに表情を引き締めると、その冒険者達を睨みつけた。
「僕もすいぶんと有名になったね。どうしたんだい? 握手でもして欲しいのかな」
「冗談だろ。お前みたいな奴を触ったら死んじまう」
言って、冒険者は下卑た笑いを浮かべた。
銀狼の名を知っているのなら、彼女の噂も知っているということだ。
同族殺しにして、仲間に死を運ぶ銀狼。
そんな噂を、聞いているのだろう。
ただファルズは至って冷静に対処していた。
「なら関わらないことをお勧めするよ。僕も顔も知らない相手を殺してしまうのは、忍びないからね」
話は終わりだとでも言うように、ファルズが冒険者達に背を向ける。
しかしそれが癇に障ったのか。
冒険者の片割れがファルズの肩を掴み、そして吐き捨てる様に言った。
「ここは冒険者クラン、アンセムのホームだ。同族殺しのお前には相応しくない。今すぐ出ていけ」
瞬間、腕を誰かに掴まれた。
見ればヴィオラが俺の腕をつかんで、首を横に振っている。
気付くと俺は、拳を堅く握りしめていた。
ヴィオラが制止しなければ、冒険者達を殴り飛ばしていたかもしれない。
「こらえなさい。ここで目立てばファルズが穏便に済ませようとした意味がないわ」
下手に目立てばイベルタの目に留まるどころか、周囲の注目も集め、今後の行動を制限されてしまう。
それを考えて、ファルズはできるだけ事を荒立てず、解決しようとしていたのだ。
だが。
仲間をここまで侮辱されて黙っていられるほど、俺は利口じゃない。
ヴィオラが掴んでいない腕を振り上げ、冒険者達を殴り飛ばそうとした、その瞬間。
「おい! お前達、なにをしてるんだ!」
そんな少年の声が、ギルドの中に響き渡った。
赤毛に黒い瞳。活発そうな顔は今、明白な怒りを浮かべている。
駆け出しの冒険者にも見える少年の登場に、ギルドの中が少しばかり騒がしくなる。
そして見れば、先ほどの冒険者達も顔を真っ青にしていた。
こんな少年のなにを恐れているのか。
それは、少年の胸元に付けられた小さなエンブレムを見て理解する。
冒険者クラン、アンセム。
あの銀月の騎士クレイス・アーデンガルド率いる、クランの一員だという証拠がそこには輝いていたからだ。
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