第41話
「お前ぇぇぇえええええ!!」
獣と見紛う程の咆哮を上げたヴィオラは、一瞬にして巨大なクロスボウを取り出し、その標準にローナを収めた。
そして、なんの抵抗もなく引き金を引く。
風を切り裂く鋭い音と共に飛来した矢はしかし、ローナを傷つけることは無く、直前で消滅した。
その一撃は、フォルテナの頭部とディオラの胴体を消し飛ばした物と、同一の魔法だろう。
それほどまでに強力な魔法をなんの詠唱もなく使いこなすローナは、店先と同じ微笑みを浮かべていた。
「危ないわ、ヴィオラ。義姉さんになんてことするの?」
「よくも、兄さんを!」
「ヴィオラ、下がるんだ! その女は普通じゃない!」
ファルズが声を上げるも、ヴィオラに届いている様子はない。
それどころか確実に次の一射を届かせるために、距離を詰めている。
ただ、大型のクロスボウを向けられているというのに、ローナは微笑を崩さずにヴィオラへと語りかけた。
「あんな臆病で甲斐性もない男が死んだところで、悲しむ必要なんてないわ。貴女は素晴らしい能力を持ってるんだもの。私達と一緒にこない?」
「誰が、お前なんかと!」
「今の貧相な冒険者としての生活より、いい暮らしができるわよ? もちろん、その追跡者の能力を私達の為に使ってくれれば、の話だけれど」
「おい、ローナ。ふざけた事を言ってると、その首を弾き飛ばすぞ」
ローナの度が過ぎた言動に、思わず口を挟む。
フォルテナが言っていた、ヴィオラを監視に置いているという言葉。
あれはつまり、このローナの事を言っていたのだろう。
ディオラとヴィオラはお互いの命を何よりも重んじている節があった。
そのディオラと婚約を結ぶことで、絶妙な距離からヴィオラを間接的に支配下に置こうとしたのか。
しかしフォルテナが無駄な事を喋ろうとしたため、それらを作戦を投げ捨てて口封じに走った。
それほどまでにフォルテナが喋ろうとした内容は重要だったのだろう。
ただ、フォルテナを殺されて惜しい気持ちもあるが、それ以上にローナの存在が気がかりだった。
高位の魔術師であるフォルテナでさえ、魔法の起動には正式な手順を必要とした。
だというのに、ローナは全くの無詠唱であの威力の魔法を瞬時に発動させている。
常識を外れた能力を有するローナに、ゆっくりと剣の切っ先を向ける。
「威勢がいいわね。でも無駄かな。こんなにも月が明るい今宵の私は、貴方でも倒せはしない」
ローナは大空を抱くように両手を広げて見せる。
余りに無防備な姿に、思わず瞠目する。
だが相手が油断しているのであれば、それに越したことは無い。
先程の魔法を連発できるとなれば、長期戦に持ち込まれた時点で俺に勝機は無い。
近接戦闘では猛威を振るうこのスキルも、遠距離での戦いとなれば途端に優位性を失う。
この相手が俺を見くびっている初撃で、決着を付ける。
「やってみるか?」
「さっきの魔法を見ていなかったのかな。今の私は詠唱無しに第一等級の大魔法を使用できる。勝負にならないと思うけれど?」
「あぁ、俺がお前を殺して終わりだ」
先のスキルで使用した分を考えると、俺に残された魔力は多くはなかった。
何度もスキルを使用できるほどの余裕は残されていない。
だが、一撃で相手を葬れば問題はない。
破壊者という名の通りに。
構えた刀身に微かな燐光が纏わりつき、スキルが発動するのが分かる。
研ぎ澄まされた感覚の中で、ローナの挙動の全てに意識を向ける。
「確かめるまでもないけれど、そうだね。この私がこの場で貴方を殺して、全てを終わらせましょうか」
言葉が終わると同時に、ローナが片手を上げる。
その指先に見えるのは、銀色の輝き。
一条の光で全てを破壊する、正体不明の魔法。
相対するは、全てを破壊する一撃。
瞬きの間に肉薄し、そして剣を振り上げる。
剣が纏う輝きが増し、そして相手を打ち滅ぼす破壊の一撃となる。
「ゼル・インパクト!」
「さよなら、銀月に徒なす者よ」
◆
二つの力が交差した場所からはるか遠く。
崩れた建物の残骸に寄り掛かる、彼女へと歩み寄る。
俺のスキルが原因か、巨大な力がぶつかり合った余波か。
見れば魔法を起動していた片腕が無くなっていた。
「大口をたたいた割に、その程度か? 俺なら羞恥で自害してるところだが」
先程までの威勢が無くなったローナは、ゆっくりと俺を見上げた。
「まさか、ここまでだったなんてね。イベルタも貴方を警戒するはずだよ」
「戯言は良い。勝手にフォルテナを殺したんだ、相応の報いを受けてもらうぞ」
脇腹まで届く斬撃の跡を見れば、彼女が長くない事はすぐに理解できた。
本来であればここで倫理が行動に抑制を掛けるはずだった。
しかしなにも俺の心には湧いてこない。
「情報を聞き出したかったのかな。でも残念。彼女はなにも知らなかったよ」
「なにを勘違いしてる。あの女はもっと苦痛を受け、絶望の中で死ぬべき人間だった。それを一瞬で殺しやがって」
この女への同情や、手心、哀れみ。
もう死ぬ相手にこれ以上なにを求めるのか。
そんな事さえ考えられない。
いま、頭にあるのはフォルテナを殺された事へのいら立ち。
ただそれだけだった。
胸倉をつかみ上げ、死にかけの女を引きずりあげる。
そして右手を大きく振りかざし、拳を固める。
なにが起こるのかはローナも十分に理解していただろう。
しかし彼女が浮かべたのは、憐憫に満ちた微笑みだった。
「貴方、引き返せない所まで来ているよ」
「だからどうした」
鈍い肉を打つ音が、リーヴァスバレーに響き渡った。
◆
歯の砕ける感覚。
頬骨を砕く感覚。
鼻の折れる感覚。
そして、肉が弾ける感覚。
それらの確かな感覚が、微かに痺れる腕に残っていた。
ただ、余り心地よい感覚ではないと知る。
剣で斬っておけばよかったか。
そんなことを考えていると、ファルズとヴィオラが俺の元までやってきていた。
ヴィオラは背中にディオラの遺体を背負っていた。
その面持ちは、なんの感情も感じさせない。
目の前で、兄が婚約者に殺されたのだ。無理もない。
今、俺が掛けられる言葉など、すべてが形だけの同情の言葉に聞こえるだろう。
ヴィオラには何も声を掛けずにいると、ファルズが声を上げた。
「あの衝撃なら普通に死んだと思うけれど、確認に行くかい?」
「殴った感覚は致命傷だったと思うが。死体だけでも確認しに向かうか」
殴り飛ばした後で気付いたが、死体を確認しなければ相手が死んだか確認できない。
我ながら感情に任せた行動だったと後悔していると、地面を見つめていたヴィオラが口を開いた。
「まだ生きてる。どうにか逃げようとしてるわ」
じっと下を向いたまま、ヴィオラは告げた。
この場所からローナの姿が見えるはずがない。
それも俺がローナを殴ったときはまだヴィオラは後方にいた。
という事は、つまり――
「使ったのか、能力を」
彼女が命を捨ててもいいとさえ言うほど、使うことを嫌ったその能力を使ったのだ。
俺達もこの街に来た時には、その能力には手を焼かされた。
下手に認識されれば俺達の行動が筒抜けになるばかりか、何処へ向かうのか、誰と会うのかと言う部分まで相手に知られてしまうからだ。
だからこそ、接触に最大限の注意を払って、行動した。
しかし、追跡者が最も効力を発揮するのは別の時だ。
それは相手を追い詰めるとき。
相手の居場所を、能動的に探るとき。
今まさに逃げているローナは、ヴィオラの獲物となっていた。
「あの女には報いを受けさせる。絶対に、この手で」
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