第40話

 ゆっくりと地面から剣を引き抜き、切っ先をフォルテナへと向ける。

 先程までとは違い、今はフォルテナの姿がよく見えた。

 もはや居場所を見誤る事などありはしない。

  

 俺の周囲を除く全てが消し飛び、月明りに照らし出されているからだ。

 夜の冷たい空気が頬を撫で、見上げれば星空が広がっている。 


 隣の倉庫までもが姿も形も無くなり、レンダール商会の倉庫は跡形もなく消え去っていた。

 最初に覚えた二つのスキルとは違い、莫大な魔力を消費したが、まだ動けなくなるほどではない。

 逆に動けなくなっていたのは、フォルテナの方だった。


「な、なんで、魔法が――」


「俺のスキルの詳細は、流石に知らないのか。お前が知らないなら、ほかの連中も知らない可能性があるな」


 暴走した魔力を使用した攻撃。それが俺に与えられた破壊者のスキルの本質だ。

 どんな原理で魔力を意図的に暴走させているのかは不明だが、原理が分からなくとも理解できることはある。

 それは魔法を起動する際には極めて緻密な魔力の操作が必要になる事だ。


 フォルテナを筆頭とする魔術師が、なぜ激しい戦闘の中でなぜ立ち止まってしまうのか。

 それは魔法を使えない人間が思っている以上に、魔術師が複雑な手順を踏んで魔法を起動させているからだ。

 使用する魔法を選び、真名を呼ぶか詠唱を行い、そして魔力を流し込み、発動する。

 それら一連の流れが上手くいかなければ、魔法は起動しない。


 それは魔方陣を使った設置型の魔法でも同じことが言えた。

 ならば崩壊した魔力の奔流が流れ込めば、その魔法はなんの効力を発揮することもなく消滅する。

 仲間の特性を理解しようと研究した結果の知識だが、まさかその仲間だった人間を追い詰めるために役立つとは。

 今までの努力も無駄ではなかったという訳だ。


「このっ!」


 仕掛けた魔法と、手の内で起動していた魔法。

 その二重の備えが潰えた事に焦ったのか。

 即座に腕の中で魔法を生成しようとするが――


「この距離で俺に勝てると思ってるのか? 冗談だろ」


 一呼吸の内に肉薄し、一閃。

 宝石や貴金属の指輪が嵌められた手が、放物線を描いて地面に落ちた。

 生々しい水音と共に鮮血が広がる。


 一瞬だけ、なにが起こったのか理解できなかったのだろう。

 呆然と眺めていたフォルテナは、ようやく鮮血が噴き出す腕を抑えて、うずくまった。

 

「い、痛い! 痛い、痛い痛い!? 私の腕が!?」


「おいおい、犯罪者になったっていうのに、こんなにジュエリーを付ける余裕があるとはな。お前のお仲間は、潤沢に資金がある組織なのか?」


 もはや飾り付ける必要もない手で光る宝石達。

 ただ俺を殺し損ねた後に犯罪者となった彼女が有するには、過ぎた物だ。

 冒険者としての資産は凍結され、まともな方法では金を稼ぐことは難しくなっていたはずだ。

 それがなぜ、ここまで飾り付ける余裕があるのか。

 

 それを真面目に聞いたつもりだったが、どうやらフォルテナには挑発に聞こえたようだった。


「ふ、ふざけないで! 貴方があの時に死んでさえいてくれれば、それでよかったのよ! そうすれば、すべてうまくいっていたはずなのに!」


「そう怒鳴るなよ。出血が酷くなるぞ?」


 俺達の傷を癒していたロロは、ここにはいない。

 刻一刻と流れ出す血液を見て、フォルテナは口を閉ざした。

 どうやってこの裏切者を始末するかと考えていると、背中からファルズの声が聞こえた。

 

「アクト、ローナは保護したよ。今は兄妹が看病してる」


 尻目に見れば、確かにディオラとヴィオラがローナに付き添っていた。

 ヴィオラに至っては、冒険者向けに作られる傷薬を与えているようだった。

 これで問題を解決すれば、ヴィオラにも恩を売る事ができる。


 そして後は、魔法を使えない魔術師を殺すだけだ。

 これからの事を考えて、口の端が自然も持ち上がる。


「あぁ、それならじっくりとこの女から話を聞けそうだな。誰が協力してるのか。何が目的なのか。それと、イベルタの事もな」


「なにも、話さないわよ。貴方の思い通りになんて、絶対にさせない」


 フォルテナは腕を抑えながらも強がって見せた。

 ただ、それさえも俺好みな反応だ。


「へぇ、それもいいな。なら話さなくていい」


「アクト、なにを言って……。」


 ファルズの上げた困惑の声を、片手をあげて制する。

 もはやヴィオラの協力を取り付けたも当然だ。

 ならば無駄にフォルテナから情報を聞き出す必要もない。

 そう、急がなくともいいのだ。


「その出血量じゃあ長くは持たない。なら徐々に血を失って、じわじわと死していく様を見るのも面白そうだろ。どうだ? 体が冷たくなってきたか? 自分の意識とは別に、手足が震えてきただろ」


 剣を支えに、しゃがみ込む。

 視線がうずくまるフォルテナと同じになるように。

 蒼白な顔に浮かぶ恐怖を、じっくりと見るために。


「確実に訪れる逃げられない死に怯えながら、お前は最後に何を思い出すんだろうな」


 俺と同じような怒りか。

 それともこれまでの幸福か。

 後悔、という選択肢はつまらない。

 この女には最後まで強情で身勝手で、そして愚かで哀れなままで死んでもらわなければ。


 しかし、フォルテナは顔を引きつらせて、俺から距離を取ろうとする。

 だが出血の影響か、体が思うように動かない様子だ。

 そんなありきたりな反応に、少しばかり落胆する。


「わ、私はなにも知らないのよ! ただ貴方を殺し損ねたなら、自分の手で解決しろと言われたの!」


「知らない訳がないだろ。お前とロロはイベルタから俺を殺すよう差し向けられたはずだ」


「そ、それはイベルタだけれど、貴方の探しているイベルタじゃないのよ!」


 この期に及んで、くだらない言い逃れだ。そう思っていた。

 しかしフォルテナの発した言葉は、俺の想像を超えていた。

 とっさにフォルテナの首元を掴み、引きずりあげる。


「なにを言ってる。それはどういう意味だ!」


 微かに見える答えに手を伸ばす。

 俺の殺害を命じた人間は、確かにイベルタという名前だった。

 しかし俺が探しているイベルタは、その人物とは別という事になる。

 ゴールズホローの時の様に、何人もイベルタがいるのか。

 それともイベルタと言うのは人物名ではなく、なにかの役職を表す言葉なのか。

 

 フォルテナが怯えた表情で口を開こうとした、その時。


「兄さん、逃げて!」

「アクト、危ない!」


 耳を打ったのは、ふたりの悲鳴のような警告。

 思考よりも先に、体が反射的に回避を選択していた。 

 その瞬間。

 

 目の前にあったフォルテナの頭部が、砕け散った。


 頭部を失ったフォルテナの体がゆっくりと倒れる。

 そしてその倒れる音は、俺の背後からも聞こえていた。

 振り返れば、ディオラも地面に体を投げ出していた。

 向こう側が見える程の巨大な風穴を、腹部に受けて。


「一度失敗した使えない駒を再利用しようとするなんて、私も浅はかだったわ」

 

 そう言って彼女は立ち上がった。

 助けに来たはずの女性、ローナが。

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