第33話

「待て、いまヴィオラを見つけたって言ったよな」


 思わず身を乗り出し、ファルズを問い詰める。

 彼女はもはや何杯目かわからない程の果実酒を飲み干し、そして真赤な顔でうなずいた。


「そうだね。君が席を外している間に、街にヴィオラがいることは確認できたよ。冒険者ギルドで粘っていた甲斐があったよ。長居し過ぎたお陰で深く酔っ払ったけれどね」


「なんで接触しなかったんだ。酔っぱらってたって理由は無しだぞ」


「僕が酒に飲まれる様に見えるかい?」


「紛れもなく飲まれている様に見えるけどな。それで、実際の理由はなんなんだ?」


 華奢なグラスでがぶがぶと酒を飲む姿を見せて置きながら、酒に強いという自信が何処から出て来るのか。 

 ただ彼女に聞かなければならないのは、ヴィオラの事だ。


 相手をヴィオラだとはっきり認識できていたなら、みすみす見逃す意味が思い当たらない。

 酔っていたという理由でないのなら、なにかファルズなりの考えがあるのだろうか。

 ファルズは周囲のテーブルに視線を走らせると、小声で続けた。


「僕がなぜヴィオラの名前を知っていたか、疑問に思わなかったのかい?」


「お前の過去に関係してるんだろ。だが深く聞く気はない」 


「それは同情かい? それとも面倒事には首を突っ込まないタイプかな」


 俺を図るような問い掛けに、思わず顔をしかめて首を振る。

 仲間に裏切られ、殺されかけたという単純明快な理由で行動する俺とは違い、ファルズの置かれている状況は酷く複雑に思えた。

 獣人でありながら同族を殺す彼女は、イベルタを殺してなお復讐をやめようとはしていない。

 つまり特定の組織を相手取って復讐をしているように思える。

 ただでさえ俺の探すイベルタは巨大な組織に属しているという情報があるというのに、ファルズの復讐相手に関してまで首を突っ込む余裕は到底ない。


「その両方だ。それで? 簡潔に言えば、お前はヴィオラに顔を知られてるってことでいいのか?」


「よく気が付いたね、その通りだよ。僕とヴィオラは親友……と言うのは図々しいかな。ともかく僕の顔はヴィオラに割れている。この意味が分かるかい?」


「顔を合わせるのが気まずい、ってだけじゃなさそうだな」


「僕と彼女との間には深い確執があってね、顔を見せれば確実に逃げられてしまう。追跡者である彼女を取り逃がせば、捕まえることは不可能だ。なんせ彼女は追跡者だからね」


 そこでようやく、ファルズの言いたいことが理解できた。

 ヴィオラの有する追跡者というスキルの名前から、追跡だけが得意なのだと勘違いしていた。

 だがよくよく考えてみれば、相手の位置が分かるという能力であれば広く応用が利く。


「使い方次第で、自分を追ってくる相手の居場所がわかる訳か、なるほど」


「そう言う事さ。だから彼女と接触するには最大限の注意を払う必要があるんだよ。警戒されてしまえばお仕舞さ」


 俺のスキルも相当に異常だが、ヴィオラの追跡者もどれだけ凶悪な能力なのかを実感させられる。

 下手に動いて俺の存在を認知されればその能力を使って何処へ向かうのか、どんな場所にいるのか、誰と会うのかを把握されることになる。

 こと、ファルズとの関係がこじれているのであれば、俺が警戒されてしまえば協力は望めなくなるだろう。

 しかし、だ。


「確かに厄介だが、その力を利用できれば復讐にも大きく近づくな。問題はどうやって説得するかだが」


「僕はヴィオラと顔を合わせるわけにはいかないからね。だから君が彼女を説得してほしい。もちろん、まったく怪しまれないように、ね」


 ファルズはそんな難題を、さも簡単そうに言うのだった。


 ◆


 翌日、再び酒場へ向かった俺達は隅のテーブルを取り、再び冒険者窓口を眺める作業に戻っていた。

 ファルズの話を聞く限り、ヴィオラは街にいない期間を除いて、高確率で朝方に依頼の確認を行う習慣があるらしい。

 ここ数日間、ヴィオラの姿を見なかったのはそう言う訳だった。

 ただ、なぜそんなヴィオラの個人的な習慣をファルズが把握しているのかは、聞かないで置いた。


 頼んだ料理をウェイトレスが運んでくるのを眺めていると、ファルズが小さくつぶやく。


「軽装備の、クロスボウ。なるべく視線を向けず、視界の端で確認した方がいい。スキルのせいで、周囲の視線に敏感になっているはずだから」


 テーブルの上に置かれた料理を眺めるふりをしながら、視界の端で窓口を覗く。

 するとそこには、年端もいかない少女が依頼を纏めた冊子を眺めていた。

 幼い容姿だが、何処か他人を寄せ付けない威圧を感じる。

 一見、どこか冷たい印象を残す少女だった。


 その背中には大型のクロスボウ。

 首にかけられたゴーグルには倍率が調整できる眼鏡(スコープ)が縫い付けられている。

 

「予想通り冒険者か。だが、単独で行動してるのか」


「僕が知る限り、兄と二人でパーティを組んでいたと思ったけれど。今はひとりみたいだね」


「単独で行動する冒険者は警戒心が強い。打ち解けるのは容易じゃないぞ」


 これは完全に俺の主観になってしまうが、狙撃を得意とする冒険者には、変わり者が多い。

 息を殺し、自然と同化し、獲物を待つ。

 強靭な忍耐力がある代わりに、人間として致命的になにかが掛けていることが多いのだ。

 その戦い方からして、冒険者と言うより狩人と言った方が納得できるだろう。


 そしてなにより、ヴィオラは難しい年頃の少女だ。

 イベルタと復讐と言う共通の目標があったファルズは例外と言えるが、普通の少女――たとえそれが荒くれの多い冒険者であっても――が、見知らぬ男とそうそう簡単に打ち解けるはずがない。

 単独で活動している少女の冒険者に言い寄る男なんて、普通ならまともな奴じゃない。

 少なくとも俺はそう思っている。 


 そんな俺の消極的な態度が気に入らなかったのか。

 ファルズは運ばれてきた肉を切り分けたナイフの先を、俺に差し向けた。

 

「その首にぶら下がった金色の冒険者章は飾りかい? ロック・エレメンタルやミスリル・エルゴンには強気に出れる癖に、女の子ひとりには逃げ腰なのはどうかと思うよ」


「魔物と人間を一緒にするな。こっちは人間不信一歩手前まで追い詰められた経験があるんだよ」


 復讐相手や邪魔者、魔物なら容赦はない。

 しかしヴィオラは全く関係のない一般人だ。

 それもこれから協力を頼む相手でもあり、慎重に接触をはかる必要がある。


「なら、その冒険者章を見せびらかして迫ればいいのさ。ゴールド級冒険者と組みたいなんて言われて断る冒険者は、まずいないよ」


「流石にヴィオラに警戒されるだろ」


「もちろん。それに周りから見たら露骨に狙ってるクズ野郎に見えるだろうね」 


「お前は一体、俺を何だと思ってるんだ」


「さぁ? 初対面の冒険者相手に喧嘩を売るような男かな」


「あれは悪かったって。俺も頭に血が上ってたんだよ」


「別に謝る必要はないさ。たかだか初対面で喧嘩を吹っかけられただけだからね。ヴィオラにも同じように紳士的に対応すればいいさ」


 チクチクとファルズの言葉が胸に刺さる。 

 初対面の時の事を地味に根に持っているのか。

 俺にできるのはファルズの気が済むまで、黙って耐える事だけである。

 

 そんなことをしている間に依頼の確認が終わったのか、早足にヴィオラは酒場を後にした。

 ヴィオラの背中を見送った俺は、原始的だが最も確実な方法をファルズに提案する。


「協力を漕ぎ着けられるよう、説得できる材料を集めるとするか」


 この街を拠点にしている以上、ヴィオラと関わりのある人物は少なからず存在するはずだ。

 特に冒険者に関して言えば、同業者や窓口の受付嬢など、簡単に思いつく。

 そう言った人物からヴィオラの人となりを聞き出せば、説得の糸口が見つかるはずだ。

 冒険者たるもの、標的の情報を集めるのが最も基礎的な戦略でもある。


「まぁ、上手くいくとは思えないけれどね」


 しかし、ファルズはそんな不穏な言葉を呟いた。

 そして事実、その言葉は現実のものとなるのだった。

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