追跡者

第32話

 何処か懐かしい喧騒と、酒と煙草の匂い。

 怒鳴りあう冒険者達と、談笑する商人と思われる人々。

 そんな物流が盛んなリーヴァスバレーという街での日常を眺める。


 大渓谷の近くに位置するこのリーヴァスバレーは、ひっきりなしに人と物が行き来する。

 その影響か冒険者ギルドに併設された酒場であっても、仕事を求める冒険者達と、その冒険者に仕事を持ってきた商人で賑わっていた。 

 ただ俺達は商人が手配した依頼を受けるために、この場所にいるのではない。


「いるか?」


 向かいの席に座る銀色の獣人に問いかける。

 彼女は目立たないよう深くかぶったローブの影で、首を小さく振った。


「いいや、見当たらないよ」


 その答えを聞いて、小さなため息が漏れる。

 同じ答えをこの三日間で聞き続ければ、自然とそうなるだろう。


 リーヴァスバレーに到着して三日。

 件のヴィオラを探しているが、一向に見つかる気配はなかった。

 冒険者ならばこの酒場を利用するのではと思い張り込んでいたが、成果は得られていない。


「もうこの街から離れたんじゃないのか?」


「それは何とも言えないね。彼女の能力を考えると」


 追跡者。それがヴィオラのスキルなのだという。

 対象の手がかりや、詳細な個人的情報を得られれば、その相手の位置を特定できるという凄まじい能力だ。

 俺達の最終的な目的を考えればぜひとも協力を得たい相手でもある。

 しかし当然、その強力なスキルをどう使うかは本人次第という事になる。


 なんとか見つけ出して、協力してもらえるよう説得する必要があった。

 まだ、影も形も捉えられていないので、説得の方法も思い浮かんでいないが。


「済まないが見張りを続けていてくれ。俺は消耗品の補充をしてくる」


 そう言って、席を立つ。

 ゴールズホローからリーヴァスバレーまでは、決して短くない道のりだった。

 そのため、買い込んであった物資の多くを消費してしまったのだ。

 特に携行食糧に関しては殆ど底をついているため、補充する必要がある。

 まあ、余りにヴィオラが見つからないため、気分転換に外を歩きたいだけなのだが。

 

 同じ様に張り込んでいるファルズには申し訳ないが、ヴィオラの姿を知っている彼女が酒場を離れる訳にはいかないだろう。

 納得したように頷いたファルズは、少し不満げに愚痴をこぼした。


「携帯食料を買い込むなら、あの独特な味の干し肉だけは勘弁してほしいな」


「あれが良いんだよ、あれが。旅路の醍醐味だろ」


 とは言え、俺が選んだ干し肉を食べたファルズが、最後の最後まで顔をしかめていたのを思い出す。

 少しばかり値段が張っても、品質がいい物を選ぶとしよう。


 ◆


「流石は中継拠点。商人が多いな」


 街を歩けば、その街の特色が分かる物だ。

 スレイバーグならば、冒険者の数が多く、冒険者向けの店や施設が多くある。

 ゴールズホローは採掘者がもたらす黄金によって栄え、高級店が店を連ねる。

 そしてこのリーヴァスバレーは、豊富な流通によって、様々な地域の様々な店が軒を連ねている。


 もちろん冒険者向けの店も数多く見て取れる。

 そんな中でひときわ目立つ看板を見つける。

 どうも冒険者が使用する消耗品を専門に取り扱う店のようだった。

 元冒険者が直接品物を選んでいる、と言うのが売りらしい。


「ここにするか」


 古風なドアを押し開け、ドアベルが心地いい音色を奏でる

 店内も落ち着いた雰囲気で、棚には冒険者なら見慣れた道具が並んでいる。

 確かに、看板に偽りなしと言えるだろう。


 と、ドアベルの音に気付いたのか、カウンターの向こう側から、元気な声が飛んできた。


「お帰りなさい! って、ごめんなさい。人違いだったみたい」


 顔を覗かせたのは、小柄な女性の店員だった。

 一見、元冒険者の様には見えないが、何処か鋭利な雰囲気を纏った女性だ。

 だが彼女はすぐに柔和な笑みを浮かべて小さく頭を下げた。


「いや、気にしてない。外の看板を見たんだが、携行食糧も取り扱ってるんだよな」


「えぇ、そうよ。冒険者向けの消耗品全般を取り扱っているの。元冒険者が品揃えを考えてるから、きっと必要な物が見つかるわ」


「商品を見て回っても?」


「どうぞ! 納得できるまで見ていって」


 女性の店員に促されるまま、店内を見て回る。

 冒険者の使う道具は専門性が高い物もあり、一か所で全て集めるのは難しい。

 そのため基本的に様々な店を巡るのだが、店内には道具の殆どが集められている。

 

 品物を選んでいる冒険者は相応に腕の立つ人物なのだろう。

 感心しながらも、品々を物色していく。

 特に目を付けたのは、高品質な干し肉と干し野菜だ。


 どの程度の物を買っていけばファルズは喜んでくれるだろうか。

 さすがに以前と同じ品質の物では、同じように顔をしかめさせる事になる。

 そんな事を考えて首をひねっていると、再びドアベルが鳴り響いた。


 見ればひとりの男性が店内を速足でかけていく。


「ごめん、遅くなった」


「大丈夫よ。でも裏手に荷物が積んであるから、品出しをしてもらえる?」


 見るに、先ほど女性が俺と勘違いした相手なのだろう。

 親し気に話す女性だが、男性は少し顔を困った様子だった。


「もちろん。ただ、手伝いに来る予定だった妹なんだが……。」


「分かってるわ。私が大切なお兄さんを取っちゃったから、嫌われてるのね」


「なにかと理由を付けて顔を出そうとしないんだ。ごめんな」


「いいから、早く奥へ行って。お客さんを待たせてるのよ」


 そこで俺に気付いたのか、男性は小さく会釈をしてカウンターの奥へ消えていった。

 丁度いいタイミングでもあり、俺は残った女性店員に問いかける。


「携行食糧はここにある分で全部なのか?」


「今は、そうね。数日経てばまた入荷する予定だけれど。取り置きをしておきましょうか。料金の半額を前金をとしていただきますけど」


「そうだな、頼む。量は二人分を二週間だ。それと、できるだけ品質の良いやつで」


 移動中の小さな娯楽として考えれば、無駄な出費ではない。

 カウンターに冒険者章を差し出し、支払を済ませる。

 ただ女性は俺の冒険者章を手に取って、目を見開いていた。 


「これって……ゴールド級冒険者の方だったんですか!?」


「それらしい活躍はしてないが、一応な」


 今思えば凶悪な魔物を依頼されて討伐した、などと言う華々しい活躍はしていない。

 ゴールド級冒険者となって受けた依頼は、手紙の配達やら、鉱石の採取やらを頼まれた程度だ。

 復讐に追われていたという事もあるが、なんとも寂しい実績ではある。


 その為、慌てる店員を前にどう反応したら良いのか分からず、曖昧な態度で事なきを得る。

 実際、ありがたがられる様なことはしていないので、畏怖や尊敬の念を向けられても困るだけだ。

 ただそれが女性に伝わったかと言えば、疑問ではあるが。


「わ、わかりました。商品が用意出来次第、冒険者ギルド経由で報告しますね」


「頼んだ」


 肩に力が入って、堅い笑みを浮かべる女性に短く告げる。

 時間があれば少しばかりゴールド級冒険者として依頼を受けるのも悪くはないのかもしれない。

 そんなことを考えながら、再びファルズの元へと戻るのだった。

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