第31話
イノーラが指定した店から出て、俺達は大通りへと向かっていた。
目立つファルズのお陰で密会は台無しになったが、それでも欲しい物は得られた。
すでにこの街でやり残すことは、なにも残っていない。
キュリオス草を持ち帰ったことでイノーラを救い、憲兵団とギルドへ恩を売ることに成功したため、特別条項による共同作戦に俺も加えて貰えることになった。
これで憲兵団とギルドからロロやフォルテナの情報を得られるようになったという訳だ。
とは言えこれは保険のような物だ。実際にはヴィオラの元へ向かい、直接この手で終わらせるのが理想だと言えた。
そのためにもすぐに出発の準備を済ませて、リーヴァスバレーへ向かう必要がある。
速足で歩く俺のすぐ隣で、ファルズは小さくつぶやいた。
「さて、と。これで僕と君の協力関係は終わりだね」
「最初の話だと、そうなるな」
俺とファルズは、イノーラから裏切者共を追う方法を聞き出すまでの、限定的なパーティメンバーだ。
冒険者としても一度の依頼の間だけ組むという、即席のパーティも珍しくはない。
要するに目的を達成するために割り切った仲というわけだ。
当初、俺から見たファルズの第一印象は最低であり、恐らく彼女から見た俺も相当に怪しい人物に見えた事だろう。
お互いに復讐を目的としているため、仲間も一時的な戦力補強程度の考えしか持っていなかったに違いない。
事実、ファルズは俺を利用したし、俺も深淵攻略の為の道案内程度にしか思っていなかった。
「君が深淵の最下層で意識を失ったときは、どうなるかと思ったよ」
「その件に関しては、悪かったな。今でも原因が分かっていないんだ」
「そう言えば初対面の時も、ずいぶんと横暴な態度だったね」
「あれは、イベルタの名前に感情が抑えられなかったんだ」
「まぁ、いいさ。結果的にあれで僕は君に興味をもったんだからね」
だがファルズは、最初に俺へと声をかけた。
周囲が下す自分の評価を知りながら、俺へと声をかけたのだ。
断られ、拒絶されるかもしれないという恐怖が心中にあったに違いない。
少なくとも俺がファルズの立場であれば、行動に移せたかは定かではない。
彼女がいなければ、こうしてヴィオラの情報を手に入れる事もなかったはずだ。
そしてなにより、再び誰かと組むなんてことも絶対になかっただろう。
仲間に裏切られた時の記憶を引きづったまま、誰かを信用しようなどと思えるはずがなかった。
組まざるをえない状況に追い込まれなければ、誰かと組むなんてことは絶対になかった。
多少強引に、ファルズが俺に協力を持ち掛けてこなければ。
「僕から、ひとつ提案があるんだ」
「追跡者を見つける為に手を組もう、か?」
予想は当たったらしい。
ファルズは隣を歩く俺の顔を見上げながら、小さく頷いた。
「よくわかったね。でもこれはなにも、僕だけに利点がある提案じゃない」
「そうだな」
「まずはお互いに協力し合えること。これはなににも代えがたい利点だ。最終的な目標を、ほかの冒険者に話して協力を得られるとは思えない。いいや、得られるはずがない。忌避されるに決まっている。でも僕と君ならそうはならない」
「同族だからか」
同じ復讐を目的としている、同族として。
本来であれば、復讐などと言うなんの慰めにも利益にもならない行動を、他者に理解される必要はない。
だが今回の騒動で判明したように、イベルタという存在は全貌が見えないながらに、非常に強大な相手だ。
組織的な力を持ち、下手をすれば憲兵団や冒険者ギルドにも協力者がいる可能性がある。
いや、その可能性の方が大きいだろう。
となれば少しでも協力者が必要になる。
絶対に裏切る事のない、同じ目標を持った同族が。
「冒険者として活動する点でも、ひとりよりふたりの方が圧倒的に戦略の幅が広がる。受けられる依頼の種類も変わってくるだろうね。これは君もよくわかってるはずだよ。幸いにも、僕は冒険者としても優秀だ」
未だに自分の売り込みを続けるファルズの姿に、思わず口元が緩む。
彼女の尻尾はピンと張ったまま、下を向いている。
本人の様子からはわからないが、本心では相当に緊張しているのだろう。
どうもファルズは感情を隠すのが人間としては上手いが、獣人としては下手らしい。
そんな彼女を見て、意外と抜けていると、そんな風に思った。
しかしそれがファルズの評価を下げているかと言えば、そんなことは無い。
むしろそんな部分も含めて信頼できると、背中を預けられると感じていた。
同じ目標を目指し、同じ傷を持ち、お互いに助け合う関係。
俺とファルズの関係性は、そう言い現わせるだろう。
そんな関係を表す言葉があるのだとすれば。
それは間違いなく、仲間と呼ぶのだろう。
「わかった。組もう」
「僕を信頼できないのはわかっているよ。でも……って、あれ?」
「俺も丁度、お前と組みたいと思ってたんだ」
驚くほど、すんなりとそんな言葉が口を突いた。
小道の真ん中で立ち止まったファルズは、信じられないとでもいうように赤い瞳を見開いている。
「いいのかい?」
「組みたいのか組みたくないのか、どっちなんだ」
ファルズの余りの狼狽ぶりに苦笑が浮かぶ。
先ほどまでの勢いは何処へ行ったのか。
途端に逃げ腰になり、視線を彷徨わせ始める。
「この銀狼の名前は色々と面倒ごとを引き寄せる。周りだって絶対にいい目では見ないはずだよ」
「自分の命を預ける相手だ。他人の評価なんて気にして選べるかよ」
「それは、そうだけれど」
「俺はこの目で見て判断したんだ。それとも俺が仲間だと不安か?」
見え透いた挑発にも乗らず、ファルズは寂しげに微笑んだ。
「いいや、この僕がまた誰かと組める事に驚いたんだ。絶対に断られると思っていたよ」
「俺もだよ。また誰かに背中を預けたいと思えるようになったのは、間違いなくファルズのお陰だ」
少なくとも、誰かと組める事に驚いているのは、ファルズだけではない。
あの一件、仲間に裏切られ殺されかけて以来、パーティメンバーでなくとも背中に立たれることに抵抗があった。
些細な物音にも敏感になり、常に猜疑心に苛まれるようにもなった。
それでもまた誰かと組みたいと思えるようになったのは、ファルズと出会えたからだ。
彼女がいなければ誰かと組もうとは、二度と思えなかっただろう。
この感情をファルズに直接伝えることは、簡単だ。
だが彼女にとって、もっと相応しい感謝の示し方がある。
ファルズを伴って、大通りを上部へ上がっていく。
街の入り口とは反対側。
冒険者ギルドの方角だ。
「じゃあ、向かうか」
「あれ? 街の出口は向こうだけど」
そう言うファルズを振り返り、冒険者ギルドを指さす。
「俺達はパーティになった。だから手続きが必要だろ?」
即席ではない。今までの形ではない。
正式なパーティメンバーとして、ギルドへの登録を行う。
それは俺にとっての信頼の証でもある。
裏切られたその日から空白となっていた場所に、ファルズの名前を加える。
二度と並べる事などないと思っていた場所に、大切な仲間の名前を。
それを理解したのか、ファルズは泣き笑いの様な表情を浮かべた。
次に向かうは大渓谷の街、リーヴァスバレー。
追跡者と呼ばれるヴィオラを探し出し、裏切者共の居場所を特定する。
そうすれば俺達の復讐は終わりを告げる。
その瞬間を夢見て、黄金と夢見の街を後にするのだった。
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