第30話
「そしてもう一つ。戦乙女の加護というスキルについてですが」
「あぁ、そう言えばそんなスキルもあったな。随分と大層な名前がついているが」
その名前を聞いて、そう言えばと埋もれていた記憶を掘り起こす。
戦乙女の亡霊と戦った際に手に入れた、もう一つのスキルだ。
破壊者のスキルに気を取られてすっかり忘れていた。
イノーラは少し呆れた様子で鑑定の内容を話し始める。
「このスキルは戦場での精神安定化を誘発するスキルですね。強敵を相手にしても冷静さを保つことのできるスキル、と言えばいいでしょうか」
言われてみれば、いろいろと思い当たる節がある。
戦乙女の亡霊を前にしたときは相当に取り乱したが、ロック・エレメンタルやミスリル・エルゴンと言った凶悪な魔物を前になぜか冷静を保てていた。
今までは強すぎる怒りなどの他の感情が恐怖心を忘れさせていたと考えていたが、実際にはこの戦乙女の加護の影響だったのだろう。
ただそのスキルの名前が、なぜか頭に引っかかった。
「そのスキル名、どこかで聞いたことがあるな」
「自らスキルの所持を公表している人物で言えば、『銀月の騎士』が有名ですね」
イノーラが口にした名前を聞き、思わず手を打った。
「そうか、クレイス・アーデンガルド。プラチナ級冒険者の筆頭だな。道理で聞いたことがある訳だ」
「スキルもですが、彼女自身も相当に有名人ですから」
有名人、と言う括りで収まるかどうか。
クレイス・アーデンガルドは冒険者にとっては羨望と嫉妬の対象であり、同時に目指すべき存在でもある。
全ての冒険者の頂点に君臨するプラチナ級冒険者は、ひとりひとりが英雄と呼ぶに相応しい実力を備えている。
だがそのプラチナ級冒険者の中でも最高位に位置するのがクレイス・アーデンガルドそのひとだ。
人間離れした実力と美しさを兼ね備えた彼女は銀月の騎士、つまり銀月の女神アルディミスの騎士という二つ名を有する。まさしくその美しさは女神の生まれ変わりだと言われる程らしい。
らしい、と言うのはそんな高位の冒険者と顔を合わせる機会など、俺にはないからだ。
そんな人物が所持しているスキルともなれば、相当に有用な物だと思えた。
「これはこれで、今後も役に立ちそうだ。ありがとう、イノーラ」
「いえ、これが私の仕事ですから」
そう言って、イノーラは銀の盃の前から離れる。
疲労の色が濃い彼女はそのままソファに身を沈める。
どうやらこれで俺のスキルの鑑定は終了らしい。
となれば、最後に聞くべきことがあった。
「ひとつだけ聞いておきたい。大切な話なんだ」
「はい、なんでしょう?」
俺の切り出し方から重要な要件だと見抜いたのか。
イノーラの表情に微かな緊張が混ざる。
「イノーラは俺以外にも冒険者のスキルを見てきたんだよな。それこそ膨大な数を」
「そうですね。ギルドが認めた相手であれば、誰であろうと鑑定する。それが私の役目です」
「その中に、特定の相手を見つけ出すスキルを持つ人間……ヴィオラはいなかったか?」
俺の探るような物言いに、イノーラが懐疑的な表情で首を傾げた。
当然と言えば、当然か
唐突にまったく関係のない個人の名前を出せば困惑するは当たり前だ。
特に不穏なスキルの所持者となれば、警戒するのは自然な流れだ。
イノーラは数秒だけ悩んだ後、想像通り首を横に振った。
「申し訳ありませんが、個人的な情報の開示は許されていません。スキルの有用性を理解している貴方であれば、その理由はわかるでしょう」
「だがこれは重要なことなんだ。頼む」
「ごめんなさい」
イノーラは謝罪と共に、深々と頭を下げる。
ただここで引き下がる訳にはいかない。
「俺の仲間を見つけ出したいんだ。不幸なすれ違いで別々の道を歩んでしまったが、今なら絶対にうまくやれる。そのためにはまず、居場所を見つけ出す必要がある。それにはイノーラの強力が必要なんだ」
ここでヴィオラという人物の情報を逃せば、今後裏切者共の情報を手に入れる手段は、限られてしまう。
憲兵団の情報網もあるが、それでは遅すぎる。使うのであれば最後の保険としてだ。
ならばなんとしてでも、ヴィオラの情報をイノーラから引き出すほかない。
そこで俺が選んだのは、同情を誘う作戦だった。
もちろん内容は事前に考えてあった物だ。
ここで復讐の為だと馬鹿正直に話す必要などない。
ただイノーラはこの鑑定を仕事だと割り切っている節がある。
個人的な情報を俺に渡してくれるかは、ある種の賭けだった。
そしてその結果――
「この場所では無理です。ですが、友人として顔を合わせた際には、口を滑らせてしまうかもしれません」
彼女はヴィオラの情報を俺に渡してくれる気になったようだった。
少しばかり胸が痛むが、これも復讐の為だ。
微かな罪悪感を押し殺し、顔に笑みを浮かべる。
「ありがとう、イノーラ」
「いえ、命を救われた恩を返すまでです」
あくまで借りを返すというスタンスなのだろう。
だがそれでいい。
俺が欲しい情報が手に入ることに、変わりはないのだから。
◆
後日。
俺は街中にある小さな軽食屋に足を運んでいた。
小道に面した店で、店内は落ち着きのある雰囲気だ。
話の内容を考えるに、あまり目立たない場所で会うのが良いと判断したのだろう。
この場所を指定したのはイノーラだった。
しかし、そのせっかくの気遣いも無意味となっていた。
ふたりしかいない店員が俺達の方を忙しなく観察している。
その理由は、俺の目の前で揺れる銀色の尻尾にあった。
「それでイノーラとデートの約束を取り付けてくるなんて、なかなか君も隅に置けないね」
ファルズはいつぞやの貴公子スタイルで、楽し気に尻尾を揺らしていた。
一言で言えば目立つファルズの姿が否が応でも日の目を引き付ける。
しかし今から場所を変更するわけにもいかない。
仕方がなく、ご機嫌な銀狼とイノーラの到着を待つこととなっていた。
「あの場所で堂々と話せる内容でもなかったからな。それにお前だって彼女の口から直接聞きたかったんだろ」
「あれ、僕のためだったのかい? それは嬉しいな」
ついには耳まで忙しなく動き始めるファルズ。
少し前までは銀狼だなんだと呼ばれ、恐れられていた存在とは思えないな。
多少の軽食をつまんでいると、俺達のテーブルの脇に人影が現れた。
「遅れました、申し訳ありません」
ふと視線を向ければ、イノーラだ。
屋敷で見たお堅い衣装とは打って変わって、庶民的な姿で周囲に溶け込んでいる。
ただその剣呑な視線は俺の向かい側に座る、ファルズへと向けられていた。
「いや、僕達もいま来たところだよ。意外と可愛い恰好をしているんだね」
「銀狼。貴女が彼をそそのかしたんですね、きっと」
「半分正解かな。それに僕も、君の為にキュリオス草を取りに行ったんだ。この話を聞く権利はあると思うけど」
「まぁ、そう言うことにしておきましょう」
イノーラを襲撃した犯人は、未だに捕まっていない。まぁ、それも当然だ。
そもそも、レリアン達の死体は深淵の魔物に食い散らかされてしまったため、姿を消した。
その為、俺達とレリアン達の騒動は闇の中に葬られ、結果的にイノーラを狙う謎の勢力がいるのでは、と言う結論に着地していた。
だが解毒剤の材料を持ち帰ったのが俺とファルズだという結果は変わらない。
イノーラも命の恩人には強く出れないのか、無理やり納得した様子で席に座った。
ファルズも周囲を見渡して、近くに人がいないことを確認すると、イノーラと距離を詰める様に身を乗り出した。
「さて、本題に入ろうか。イノーラは、ヴィオラの居場所を知っているんだよね?」
「えぇ、残念なことに。ふたりは、クラーグ大渓谷は知っていますか?」
「場所だけはな」
「大陸最大級の渓谷だね。そこに橋を掛けるために物資や人を集めて居たら、そこにリーヴァスバレーという街ができてしまったのは、有名な話だよ」
そんな小話に披露するファルズだったが、イノーラはさらりと流して先を続けた。
「小さな街ですが、リーヴァスバレーにも冒険者ギルドが存在します。その窓口を訪ねてみてください」
「そこにヴィオラがいるってことか」
イノーラが知っているという事は冒険者なのだろう。
少なくともスキルの鑑定が行われる程度には、ギルドに認められている腕前の。
小さな街となれば必然的に冒険者の数も少なくなり、ヴィオラを探し出すのは難しくなさそうだ。
だがイノーラは俺の考えを読んだかのように、忠告を告げた。
「ですが会える保証はありません。彼女も自分の能力がどれほど危険かを理解しています。ですから身をひそめている可能性も、拠点を移している可能性も十分にあります」
「探し出して見せるさ。必ずね」
悪名高いファルズの言葉を受けてイノーラは眉を顰める。
きっとヴィオラの情報を俺達に渡したことを後悔しているに違いない。
口では恩を返すと言ってはいるが、実際には気が進まなかったことは容易に予想できた。
であればこれ以上、イノーラに苦痛を与える必要もない。
「本当に助かったよ、イノーラ」
「借りは返すのが私の信条ですので。では、これで」
挨拶もそこそこに、イノーラは席を立ち、店を後にする。
強引な交渉をすれば相手に嫌われても文句は言えない。
それがたとえ命を救った相手であっても。
心に来るものがないと言えば、嘘になる。
それでも、他人に嫌われようが嘘を吐こうが、復讐の為だと無理やり心を納得させる。
この手で直接、復讐を終わらせることを夢見ながら。
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