第34話


「どうしろってんだよ。あの追跡者のスキルを持ってる限り、無敵なんじゃないのか」


 開口一番、そんな弱音が口から零れ出た。

 ヴィオラの協力を取り付けるため、できる限り慎重に話を聞いて回っていた。

 冒険者として誰かに貸しを作っていないか。どういった依頼を受ける傾向があるのか。

 金でなんでもする冒険者なのか、自分の理念や理想を貫く性格なのか。

 そういった話をできる限り集めたが、今だヴィオラから協力を得られるような手札は、手に入れられていなかった。


「まぁ、そうだよね。嗅ぎまわってる連中がいる、なんて話がヴィオラの耳にでも入れば、こっちの行動が逆に監視されるわけだから」


「下手に知り合いに話を聞けば確実に感づかれる。かといって指をくわえてみているだけじゃ、裏切者共の居場所が分からない。どうすれば……。」


 考えてみれば当然の話だ。

 ヴィオラの事を深く知る相手と言うのはつまり、ヴィオラと深い関わりのある相手と言うことだ。

 そんな相手から話を詳しく聞けば、おのずとヴィオラの耳にも俺達の話が入る。


 となれば追跡者のスキルを使われ、常に酒場に入り浸っている事がバレてしまう。

 ファルズと共に行動していることも、すぐに把握されてしまうだろう。

 過去に何をやらかしたのかはわからないが、仲の悪いファルズの仲間だと知られてしまえば、それこそ協力を得ることはできなくなってしまう。

 

 ほとんど詰んだ状態だったが、ここまで来て諦めることはできない。

 何とかしてヴィオラの警戒を解き、俺達の仲間として迎え入れなければ。

 そんな無理難題を考えていると、ギルドのウェイトレスがテーブルの横で足を止めた。


「あの、アクトさんですよね。携行食糧を注文した」


「あぁ、俺で間違いない」


「受領書類を預かってきました。店に向かって商品を受け取ってください」


 受け取った書類は、確かに以前商品を買った店の物だった。

 書類を持っていけば商品の受け取りができる仕組みになっている。


 どうせこのまま悩んでいてもよい解決案が思い浮かぶとも思えない。

 そう思い立ち、席を立つ。

 ただ、向かいの席に座っていたファルズは神妙な顔つきで問いかけてくる。


「またあの干し肉じゃないよね」


「味の良いやつを頼んだから問題ないはずだ。あの店主の味覚がおかしくなければの話だが」


 ◆


 個人的な用事があるという事で、ファルズとは別行動となった。

 酒場に詰めていたため、装備の点検やその他諸々が後回しとなっていたからだろう。

 

 俺はと言えば、携行食糧を受け取るため、書類を片手に店を訪れていた。

 ドアベルの音と共に迎え入れてくれたのは、カウンターの向こうにいる男の店員だ。

 彼はドアベルの音と共に俺を見つけて、良く通る声を張り上げた。


「いらっしゃい! 今日はどんなご用件で?」


「携行食糧を受け取りに来た。これが書類だ」


「あぁ、これか。店の外に積んでるのが、君たちの分だよ。荷台は必要かな」


 書類を提示した俺に、店員は店の外に積んである木箱を指さした。

 後は受け取るだけの状態で、注文した品は保管されていた。

 手早く清算を終わらせるため、冒険者章を書類の上に置いた。


「あれば借りたい。それと支払いは冒険者章で頼む」


「あぁ、君がローナの話していたゴールド級冒険者か。若いのに、すごいな」


「運が良かっただけだよ」


「こう見えて俺も冒険者だったからわかるよ。運だけでゴールド級に至れるほど、冒険者の世界は甘くない」


 そう言って、男性は俺の冒険者章をじっと眺めていた。

 言われてみれば男性の体はよく鍛えられており、手も剣を握った跡が残っている。

 手の皮が厚くなり、拳には大小様々な傷跡が残っている。

 看板にある元冒険者と言うのは、彼の事なのだろう。

 そして冒険者を辞めた彼に、俺の冒険者章がどう映っているのかは、知る由もない。


「そうかもな」


 男性の言葉の意味を計りかね、曖昧な返事を返す。

 すると男性は途端に苦笑を浮かべて、冒険者章から視線を離した。


「あはは、ごめんな。俺が口出しするようなことじゃないよな」


 今までの空気を打ち消す様な笑いに、俺も一応は小さく笑っておく。

 すると店の裏から、見覚えのある女性が顔を覗かせた。


「あら、ディオラ。お客さんに迷惑かけてない?」


「大丈夫だよ。昔の癖が出ただけさ」


「ごめんなさいね。この人ったらお節介焼きで。ずっと一緒だった妹が独り立ちして寂しいみたいなの」


「いや、こっちこそ急な手配で申し訳ない」


「それが商売だもの、気にしないで。それじゃあ、私は取引先へ行くから店はお願い」


 そう男性に言って、女性はカウンターの方まで下りてきた。

 以前見た時とは違い、白い簡素なドレスに、上質な生地を使ったショールを纏っている。

 商談の為か、まるで貴族の様ない出立ちに、少しばかり瞠目する。


 ただ男性はそんな姿を見なれているのか、微笑んで頷いただけだった。

 そして自信ありげに胸を叩く。


「任せて。しっかり回してみせるよ」


「なら、荷台を頼めるか。連れを待たせているんでな」


「あぁすぐに持っていくよ!」


 そう言って、店員はカウンターから飛び出していった。

 女性の店員はと言えば、大通りを東の方角へと消えていく。


 一時的にとはいえ店内を無人にするのは物騒だと思ったが、俺がいちいち口を挟むことでもないだろう。

 店先に出て店員が荷台を持ってくるのを待つ。

 その間も、なぜか引っかかる女性の後ろ姿を眺めていた。


 ただまさかこの時の行動が、ヴィオラと関りを持つ口実になるとは、思ってもみなかった。

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