第27話
スキルが発動し、剣に微かな燐光が纏わりつく。
それを見た瞬間、巨大な盾を構えた男の表情が凍り付く。
この一撃を受けた人間がどうなったかをその目で確かめているからだろう。
盾の陰に隠れるよう、そして俺から距離を取るように下がっていく。
しかし、その足は数歩足らずで止まる。
男の背後には、深淵の最下層へと続く巨大な穴が口を開けていた。
「どうする。俺の一撃を受けるか、それとも深淵の底へ落ちるか」
「た、頼む! 見逃してくれ!」
「残念だがその選択肢は存在しない。あるのは二択だ」
男は結局、祈るように身構えた。
こんな深淵の奥底で祈りを聞き届ける存在がいるかは定かではない。
ただ、俺ではないことは確かではあるが。
「嫌だ! 死にたく――」
「ゼル・インパクト」
一息に踏み込み、剣を巨大な盾へと叩きつける。
瞬間、盾と人間だった物の破片が宙を舞った。
弾け飛んだ残骸はそのまま、深淵の最下層へと吸い込まれていく。
残ったのは男が残した中途半端な最後の言葉と、鼻につく血の臭い。
そして他の仲間達に取り残されたレリアンだけだ。
「さて、お前のお友達もいなくなったことだし、話し合いを再開するか」
見ればファルズの足元にも冒険者達が倒れている。
獣人特有の身体能力の高さに加えて、対人戦を得意とする短剣術士のスキルを持つファルズは、冒険者相手に無類の強さを発揮したことだろう。
そして彼女の深淵に関する知識と素早さを持ってすれば、逃げ出した相手を捕まえる事など造作もないはずだ。
レリアンが腕の立つ冒険者だと言えども、逃げ切る事は不可能に近い。だというのに、レリアンには焦った様子もなく、ただ戦いを眺めていただけだった。
それどころか、どことなく余裕さえ感じられた。
「君のしぶとさには感服するよ。戦乙女の亡霊に、ロック・エレメンタルを使ったっていうのに、まだこうして生きている。どうすれば死んでくれるんだい?」
「イベルタ共々、あの計画に関わった連中を皆殺しにしたらな」
「そうか、やっぱり。そんな事だから、イベルタは君を殺そうとしたんだ」
「ふざけるなよ。最初に俺を殺そうと画策したのは、そのイベルタだろうが」
「うん、だからだよ。君は危険だし、恐ろしい。その人間には過ぎた力も、衰えることのない復讐心も」
まるで諭すようにレリアンは語る。
ただその理論は破綻し、俺の神経を逆なでするだけだが。
「この復讐心が恐ろしいっていうなら、それは俺にとって最高の知らせだ。俺の存在を恐れながら、いついかなる時でも俺の存在に怯えながら、あの連中は生きてるってことだからな」
「なぜそこまで憎むのか、よく分からないな。確かに君は裏切られたけど、結果的に凄まじい能力を手に入れた。たったひとりでゴールド級にのし上がり、冒険者としての腕を磨いていけば、最高峰のプラチナ級冒険者にだってなれる素質がある。与えられた苦痛を打ち消すだけの、輝かしい未来が君を待っているはずだ」
滔々と喋り続けるレリアンは、数舜の空白を作り出す。
そして心底不思議だとでもいうように、俺へと視線を向けた。
「なのになぜ、そこまでして復讐に身を投じるんだい? なにが君をそこまで駆り立てる」
漏れ出す小さな笑いを見て、レリアンが眉をひそめる。
もはや笑いがこみ上げてくる程に、くだらない質問だったからだ。
少なくとも、俺にとっては。
「絶望の淵に立たされた事があるか? 目の前に明確な死が迫ったことは? 無力なまま、なにもできないまま、眼前に漂う受け入れざるを得ない死を感じたことは、お前にあるか?」
レリアンは答えない。
いや、その無言こそが明確な答えだ。
「無いだろ。あったなら、そんな疑問が出てくるはずがないんだからな」
あの感情は、絶対に忘れない。
忘れることなどできないのだ。
記憶に焼き付く恐怖。
そこから呼び起こされる怒り。
それらが絶え間なく俺の復讐心を燃え上がらせる。
自分でも理解している。
過剰な復讐心が俺自身を突き動かしていることを。
しかし、それでも。
俺自身が燃え尽きようと、この復讐をやめる気はなかった。
予想を外れた返答を受けてか、レリアンは小さなため息をついた。
「やっぱり君は危険だ。ここで始末するしかなさそうだね」
「まだこの状況を打開できると本気で思っているのかい、レリアン。 君には素直に話す以外の道は残されていないんだよ」
追い詰められた形のレリアンに、ファルズが獣のような笑みを浮かべて迫る。
しかしレリアンは肩をすくめて、言った。
「君は無駄な口出しはしない方がいいよ、ファルズ。イノーラが死ぬのは君の身勝手のせいでもあるんだからね」
「なにを、言って……。」
「君が殺したイベルタは、いわゆる身代わりだったんだ。アクトを抑える為のね。それを殺されてしまったから、アクトの追跡を振り切るためにイノーラを殺さなくてはいけなくなった。わかるかい? 君のせいだ」
そこで、疑問が氷解する。
俺の探している人物が偶然にもこの街にいる。
そんな出来過ぎた状況を、本物の偶然だと勘違いしていた。
しかしレリアン達は、その偶然を装うことで俺の復讐をこの街で終わらせようとしていたのだ。
それ以外にも、レリアンは情報を握っているに違いない。
俺の探している、本物のイベルタと直接接触している可能性も高い。
「面白い。洗いざらい、お前の知っていることを話してもらおう。抵抗は無駄だと言っておくぞ」
「あはは! 抵抗は無駄? 僕の心配よりも、自分たちの心配をした方がいい」
「なに?」
その時だった。
深淵の底より響き渡る咆哮が、坑道に反響する。
とっさに耳を塞いだものの、人間としての本能が激しく警鐘を鳴らす。
この場所は危険だ、今すぐに逃げろと。
しかし、幸か不幸か。
その時間は与えられなかった。
それは、深く暗い闇の奥底より姿を現した。
一切の穢れを知らない、純白の雪の様に輝く鱗。
ロック・エレメンタルに迫る巨躯。
剥き出しになった爪や牙は上質な結晶の如く透き通っている。
薄暗い闇のなかであっても、その輝きが失われることは無い。
それどころか、微かな光を受けて神聖性を醸し出している。
生物とは思えない幻想的な輝きを振りまくその存在を、俺は知っている。
伝説の中でさえ、幻の存在と呼ばれた竜。
数多の英雄達が探し、挑み、破れた存在は、その輝きから神々が作ったとされる最も代表的な金属の名を冠する。
「ミスリル・エルゴン。伝説上の生き物じゃなかったのか」
「驚いたかい? 夜闇に浮かぶ『彼女』の気高き守護者だよ」
「これが話にあった最下層の化け物か。誰も戻ってこない訳だ」
神話の怪物と呼ぶにふさわしい存在。
確かに普通の冒険者では手も足も出ないだろう。
どこか誇らしげなレリアンは、ミスリル・エルゴンに守られるよう、深淵の淵へと下がる。
「使うのは最後の最後だと決めていたけれど、ここまで来てしまったからには仕方がない。君達には、『彼女』の希望通り、消えてもらうよ」
◆
頭の中には、様々な疑問が渦巻いていた。
伝説に生きるドラゴンをどうやって手懐けたのか。
何度も出てくる『彼女』という存在が一体何なのか。
どこまでがイベルタの計画なのか。
ただそれらの答えが朧げに見えてきた気がした。
拾い上げた欠片を繋ぎ合わせて、少しづつ相手の姿が浮かび上がる。
それでもこの場所から生きて帰らなければ、推測も推理も意味をなさない。
ならば最初にやる事は、決まっていた。
「アクト、なにか作戦はあるのかい?」
「当然だ。目の前にいる金属質のトカゲを殺せば全て解決する」
「それは名案だね。気付かなかったよ、まったく」
皮肉のこもったファルズの返答を受け流し、目標を定める。
相手は神の作り出した金属の名を冠するドラゴンだ。
伝説でも数多の聖剣や魔剣を軽々とはじき返した強度を誇る。
だが同じく神が作り出したテレジアス鉄鋼を使った剣なら、その守りを抜けるだろう。
問題はその大きさにある。
巨大な魔物は例に漏れず、強靭な生命力を有している。
手足の一本を吹き飛ばした所で死にはしないだろう。
なら生物としての弱点である頭部を狙う必要がある。
さすがに伝説のドラゴンと言えども、頭を吹き飛ばせた死ぬだろう。
「僕が隙を作る。君はその隙に攻撃してくれ」
「いや、必要ない」
ファルズの提案を押し返し、地面を蹴る。
真正面から一気に肉薄し、スキルを起動させる。
そして、白銀の一閃が煌いた。
空間を切り裂くような、しなやかな銀色の尾が地面を削り取る。
ただ、それはすでに見越していた。
高く跳躍した俺にはかすりもしない。
しかし、さすがは伝説のドラゴンと言ったところか。
飛び上がった俺を、すぐさま視界に捉える。
そして口元から、白炎を漏れ出し始める。
ドラゴンが有する最高の一撃、竜の息吹だ。
だが、もう遅い。
ミスリル・エルゴンがブレスを吐こうとする、その一瞬前。
テレジアス鋼の剣が、白銀の鱗とを貫いた。
そして――
「ゼル・バースト!」
美しいミスリルの鱗が舞い散り、大量の肉塊が周囲に飛び散った。
伝説に謳われるドラゴンの最後は、酷くあっけない物だった。
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