第26話

 前回、下層に至るまではさほど時間はかからなかった。

 ファルズの案内する道が最短ルートだったということだろう。

 ロック・エレメンタルを回避して進めたことも大きかった。


 だが今回は大幅な遠回りを余儀なくされたため、想像以上に時間を食っていた。

 加えて、人数が増えればそれだけ進行速度も遅くなる。

 魔物との戦闘では有利だが、時間が限られた今の状況では、酷くもどかしく感じていた。


 ただ俺のすぐ後ろを歩くレリアンは、そんなことを知ってか知らずか。

 深奥へ向かう途中だというのに、楽し気に口を開いた。


「噂で聞いたんだが、たったひとりで戦乙女の霊廟を踏破したって話は本当なのか?」


「今、その話が必要か?」


「せめて、背中を預ける仲間の実力は知っておきたいんだ」


 レリアンは他意をひた隠すような人懐っこい微笑みを浮かべていた。

 ここまで言われて話すことを渋る方が怪しまれるか。

 務めて冷静を装い、淡々と答えを返す。


「結果的にひとりで戦わざる負えない状況になっただけだ。ひとりで攻略しようと思ったわけじゃない」


「それじゃあ仲間に裏切られたって話は本当だったのか。驚いたな」


 その一瞬、思考が停止する。

 振り返れば、レリアンは先ほどと同じ笑みを浮かべたままだ。

 まるで自分がいま放った言葉の意味を理解していないかのように。


「お前、どこでそれを聞いた」


「俺達の情報網は意外と広いんだ。それにしても、君も大変な経験をしているんだな。でも、そんな強力なスキルを持っていたのに、どうして仲間は君を襲ったんだろうか」


「さぁな。あの連中の考える事なんて、俺に分かるか」


「でも今頃、君を裏切った冒険者達はきっと後悔しているだろうね。まさか君がこんな大物になるなんて、予想打にしていなかったはずさ」


 そんなファルズの賞賛を受けても、俺は苦笑を返すほかなかった。

 俺への賞賛に対する感情ではなく、裏切者共が後悔しているかということが真っ先に思い浮かぶ、俺自身に。


 果たしてロロとフォルテナ、そしてイベルタは後悔しているのだろうか。

 ベセルはすでに首を刎ね飛ばされたため、この世にはいない。

 その情報が三人の耳に入っていれば、心の底から悔いているはずだ。

 悔いているからと言っても、許す訳がないのだが。


 ただ最大限に後悔し、恐怖し、苦しみながら死んでいく。

 それが俺の願う三人の死に方だ。


 ベセルの公開処刑を見て、得も言えぬ感情が沸き上がったのを覚えている。

 処刑台に縛られたベセルの命が、これから続いていったであろう運命が、一瞬にして途絶えるその瞬間。

 なによりも生きたいという感情をむき出しにしたベセルが、無慈悲な一撃の下で息絶える、その瞬間。

 ただ刹那の出来事で、すべてを奪われる。

 

 ベセルも冒険者として魔物に殺される覚悟は、できていただろう。

 だが罪を犯し、犯罪者として侮蔑の眼差しを受けながら死ぬ覚悟は、できていなかった。

 華々しく魔物との激戦で命を落とすのではなく、浅ましい罪人として死ぬ覚悟など。


 もしも、残った三人をこの手で処刑できたなら、どれほど胸が空くだろう。

 その時を夢想し、愉悦に浸る。

 しかしレリアンがそれを遮った。

 

「本当に君は裏切られたのかい? アクト君」


「言葉の意図が読めないな。はっきり言ったらどうだ」


「君が自分勝手に振る舞ったから仲間に裏切られた。そう考えたことは一度もないのかい? 君は被害者のようにふるまっているが、本当は君の方が加害者だったということも考えられるんじゃないのかな」


「裏切者共の考えなんて察する気は、毛頭ない。詳しい事情を知らないお前に諭される道理もな」


 自然と口から出た言葉は、投げやりなものだった。

 わざわざ俺達がどんな関係性で、なぜ裏切られたかなど話す気もないのだから当然か。

 ファルズでさえこの話を深掘りしない方がいいととらえたのか、黙り込む。

 ただ背後にいたレリアンは、構わずに言葉を続けた。


「いいや、事情なら知ってるよ。君の臆病な性格を嫌ったパーティメンバーは方針を変えるよう説得を続けた。でも君は頑固だからね。三人の意見なんて聞きもしなかった」


 歩みを止め、振り返る。

 そこにいるのが本当にレリアンなのかを確かめるために。

 

「だから三人は君を操る方向に作戦を変えた。対立する二人と、健気に君の味方をする少女。君は対立する二人が自分を見下していると思い、頑なに自分の意見を変えなかった。しかし君に味方をした少女の助言は、徐々に聞くようになっていった」


「面白いな。まるで俺達の関係を見てきたかのようだ」


「ははは、そうだな。でも残念ながら見てきたわけじゃない。聞いたんだよ。イベルタに」


「なるほど。俺の知らない情報を、色々と持っていそうだ」


 徐々に剥き出しになるレリアンという人間の本性を垣間見て、思考を戦いの物へと切り替える。

 場の緊張感が高まった瞬間、ファルズは腰の短剣を抜き放ち、仲間だった者達へと切っ先を向けた。

 冷たい金属音が、坑道の内部に反響した。


「最後に君は信頼していた少女に騙され、まんまと罠に引っかかった。本当なら、ここで話は終わるはずだった。君は死に、あの三人は今でも冒険者として輝かしい活躍をしていたはずだよ。彼らに助けられた人々だって、きっと大勢いたはずだ」


「アクト、今は逃げるべきだ。数が多すぎる」


「いいや、それは違う。目の前に裏切者の尻尾が見え隠れしてる状況で、背を向けられるわけがないだろ」


「この数を相手に勇ましいね。強力なスキルを得て英雄にでもなったつもりかな。恐れ入るよ」


 人の目が届かないこの深淵で、レリアンの率いる冒険者達は各々の得物を取り出した。

 それはギルドの規定に反する、明確な敵対の意思の表れだ。

 ならばもはや俺もを加える必要もない。

 

 レリアン達は即座に陣形を組み立て、臨戦態勢へと入る。

 その迷いのなさと状況への対応の速さ、そして落ち着きからレリアン達の実力が伝わってくる。

 それに答えるよう相手へと一歩近づき、剣を抜き放つ。


 まさか正面から戦いを挑んでくるとは思っていなかったのか。

 俺の行動を見て、レリアン達は失笑していた。


「一度仲間に裏切られたっていうのに、また仲間に選ぶ相手を間違えた。君は能無しだよ、アクト君」


「能無しはお前達だろ。こんな逃げ場のない場所を選んだことを、後悔するんだな」

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