第7話

 最後まで泣きわめいていたベセルは、憲兵団によって連行されていった。

 冒険者としてではなく犯罪者として最後を迎えるのだろう。

 後日、処刑が行われる際には最前列で、ベセルの最後を眺めるのも悪くはない。

 想像するだけでも口元に笑みが浮かびそうになる。


 俺は現在、ダンジョンから持ち帰った戦利品の換金を行っていた。

 本心を言えば、今からでも逃げたというロロとフォルテナの追跡に移りたいところだった。

 だが相当前に姿を消したふたりの足取りを掴むのは困難を極める。

 

 そこでまずは入念な準備を行うことに決めたのだ。

 今やロロとフォルテナは冒険者ではなくなり、犯罪者となった。

 ギルドに預けていた資金も凍結され、街中で宿をとる事さえ難しくなるだろう。

 憲兵団の捜索範囲も徐々に広がり、ふたりの情報はギルドを通じて各街に広まっていく。


 常に追われる重圧に神経をすり減らしながら続ける逃亡が、長く持つはずがない。

 時間が経つにつれてふたりは逃げるための体力も気力も財力も失っていく。

 

 そうなればもはや、急く必要などない。

 今は十全に準備を整えて、ゆっくりと二人を探し出せばいい。

 そんな今後の事に心を躍らせながら待っていると、サリアが窓口の向こう側から顔を覗かせた。


「お待たせいたしました! 『骸の戦乙女』討伐に加えて魔石や装飾品の換金総額は、約600万ゴールドになります」

 

「そんなに貰えるのか? 今までのダンジョンとは桁違いだな」


「あの最高難度と言われる戦乙女の霊廟ですから、報酬も高額に設定されています。そして、他のパーティメンバーが除名されたため、この報酬は全てアクトさんの物になります!」


 想像を遥かに超える金額に、驚きを隠せずにいた。

 俺達が今まで潜っていたダンジョンの報酬は、ひとり頭20万ゴールドが相場だった。

 それが一気に30倍ともなれば、使い道に迷うのも無理はない。

 ただ、短くない時間を思案に費やし、そしてサリアへ考えを告げる。 


「……報酬の中から必要なだけ、俺のスキルの調査費に回してくれ。ギルドならそう言った調査も請け負ってるんだろ?」


 冒険者にとってスキルとは、命綱と言い換えてもいい。

 非力な人間が魔物と戦うには、絶対にスキルが必要になる。

 だが俺の使い慣れた騎士としてのスキルは失われてしまい、代わりに残ったのは詳細不明の破壊者のスキルだ。

 

 破壊者のスキルがどんな能力を持っているのかわからなければ戦い方もわからない。

 先ほどの様な偶然に頼ってスキルで戦うのは自殺行為にも等しい。

 そのため冒険者を続けるにはまず、スキルの詳細を確認しなければならなかった。

 しかしサリアは俺の言葉を聞いてかぶりを振る。


「いえ、それには及びません! この度、冒険者ギルドはアクトさんのスキルに関しての調査に、全面的な支援を行うことに決まりましたので!」


「ありがたい申し出だが、いいのか?」


「もちろんです! ここの支部長直々の命令ですので!」


「それなら、よろしく頼む」


 嬉しい誤算とはこのことだろう。 

 冒険者ギルドの支部や窓口は、大陸の広範囲に渡って存在している。

 それらから調査の支援が受けられるのであれば、これほど心強いものはない。

 個人的に調査をおこなうより、何倍も効率があるのは間違いなかった。

 そして嬉しい知らせは、それだけに留まらなかった。


「それでは次にに、アクトさんの階級の話をしなければなりません」


「さすがにパーティを解散したら、降格するしかないか」


「いいえ、とんでもない! 最高難度のダンジョンを単独でクリアした冒険者として、昇格の機会が与えられます!」


「昇格? 俺が?」


 それも思いがけない申し出だった。

 

「そうなんです。昇格試験を兼ねた模擬戦を計画しています。実際にはアクトさんの新しい能力を把握するための実験的な側面も兼ねているのですが」


 異例の自体が続いて混乱していたが、サリアの言葉で納得がいった。

 この破壊者のスキルは全くと言っていいほど、全容がつかめていない。

 ユニークの名の通り、このスキルの保有者は非常に稀だと考えるべきだろう。

 となれば調査の為にも、まずはスキルを使うのが最も手っ取りばやい。

 

「それに勝てば、昇格できるってわけか。だが良いのか? 俺みたいな冒険者がゴールド級になったとしても、活躍できるとは思えないが」


 スキルの全貌が見えていない、と言うより全く不明の状態で評価されても、それに応えられる自信がなかった。

 『天の剣』は人間関係こそ最悪だったが、冒険者パーティとしての評価は一定以上得られていた。 

 それであってもシルバー級で足踏みをしてしまうほど、冒険者として認められることは難しい。

 

 そして仮にゴールド級として認められれば、当然ながらそれ相応に難易度の高い依頼が回されることになる。

 自分のスキルの詳細さえも理解していない今の俺が、そんな高難度の依頼を完遂できるのか。

 そんな不安が首をもたげるが、サリアは諭すように言った。

 

「あのですね、アクトさん。いいですか? 貴方はあの最高難易度のダンジョンを、たった一人で攻略したんですよ?」


「それは、このスキルを使ったら、偶然にも攻略できただけで……。」


「ならそのスキルの評価込みでも、アクトさんは十分にゴールド級に相応しい実力を持っているんです。もっと言えば、プラチナ級でもいいと私は思ってるぐらいなんですから」


「いや、それはさすがに言い過ぎじゃないか?」


 プラチナ級と言えば大陸に名前を轟かせている冒険者達の階級だ。

 偶然にも希少なスキルを手に入れただけの俺が、肩を並べられる存在だとは思えなかった。 

 ただサリアはなぜか肩を落として、首を振っていた。


「はぁ……まあ、アクトさんならそう言うと思ってましたが。ですので、今はゴールド級への昇格試験を受けていただきます。これは決定事項ですので!」


 ゴールド級と類される冒険者達の事に関しても、良く知っている。

 シルバー級の俺達がどうすればゴールド級へ上がれるか、長年研究していたからだ。

 まさしく英雄と呼ばれるに相応しい冒険者たちがそろっている級への昇格試験。

 改めて聞いても、夢の様な出来事だった。


「エクストラユニークスキルの調査がおこなえるという事であれば、率先して訓練場の使用許可も取れるはずです。後はアクトさんの予定にもよりますが、いつがよろしいですか?」


「受けるのは確定、なんだよな。それなら明日にでも構わない」


「承知しました。ギルドからは調査員や記録係が手配されると思われるので、思う存分スキルを使ってください。それにこたえられる、凄腕の試験官を手配しますので」


「色々と手配してくれてありがたいが、この破壊者はそんなにすごいスキルなのか?」


「凄いも何も、エクストラユニークスキルを手に入れたのはアクトさんが史上初ですよ!」


 サリアは非常に興奮した様子で語る。

 ユニークと呼ばれるスキルの中でも、破壊者は一つ上のエクストラの名前を冠している。

 その存在が確認されたこと自体が、冒険者ギルド史上初めてのことなのだという。


 思いもよらない事態の連続に、俺自身でも理解が追いついていなかった。

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