第6話


「お帰りなさい、アクトさん! ボスフロアに残ったと聞いていたので、もう駄目なんじゃないかって」


「あぁ、そう言う事になってるらしいな。 俺は勇敢にもひとりでフロアボスと戦ったと」


「まさか、違うのですか?」


 そこで、サリアに全てを打ち明けた。

 俺達のパーティが元々、上手くいっていなかったこと。 

 今回のダンジョンの攻略で、裏切られたこと。

 殺されかけ、パーティリーダーの権限を奪われそうになったこと。

 そして、特別なスキルを得て、ボスを一掃したこと。

 それらを聞いたサリアは、憤慨した様子でカウンターを叩いた。


「ひどい、ひどすぎます! 今までパーティを引っ張ってきたのは、アクトさんなのに!」


「まぁ、それが気に入らなかったんだろうな」


「冒険者の死傷率をあの三人は知らないんでしょう。どれだけアクトさんが悩みぬいて方針を立てていたのかも」

 

「まぁ、それも今日までだ。そうだろう?」


「はい! もちろんです! 少し待っていてくださいね。 これを、こうして……。」


 サリアは手元の結晶で何かを操作すると、途端に後方から怒鳴り声が聞こえてきた。


「お、おい! ふざけんなよ! 俺の冒険者の証が使えなくなったぞ!? どういうことだよ!」


 振り返れば、パーティの資産を預ける倉庫の前でベセルが困惑した表情で此方を眺めていた。

 処分を受ける前に、預けてあった資金やアイテムを取り出そうとしていたのだろう。

 だがそれも間に合わなかった様子だ。


「ベセル・ロガス。ギルドへの虚偽報告に加え、冒険者への意図的な攻撃。それも非常に悪質な計画された手口での犯行により、冒険者ギルドからの永久追放に加えて、憲兵団での取り調べをおこないます」


 その宣言に、ベセルが大きく目を見開いた。

 資格の永久剥奪。それは冒険者としての死刑宣告にも等しかった。

 だが実際にベセルが恐れていたのは、憲兵団での取り調べだろう。

 

 ダンジョンの内部で仲間を殺そうとしたことが明るみに出れば、重罪は免れない。

 そして、今まで処罰を受けてきた冒険者を見てみれば、高確率で死刑となっている。

 自分が処刑される所を想像したのか、顔面を蒼白にして怒鳴りつける。


「そいつが嘘を付いてるって可能性もあるだろ! なんで俺が処罰を受けなきゃいけないんだよ!」


「では教えてください。アクトさんが嘘を付いて何の利点があるんですか? 最高難易度を誇るダンジョンのボスフロアにひとりで残ることの意味とは、いったいなんですか?」


 冷静さを失ったベセルの論理は破綻しており、当然のようにすぐに追い詰められた。

 返す言葉を見つけられないのか、ベセルは首に下がっている冒険者の証を握りしめる。

 鈍く白い輝きを放つそれは、たった今までシルバー級を示す証だった。

 だが今となっては、何の価値もないただの飾りだ。


「お、俺はシルバー級の冒険者なんだぞ!?」


「笑わせるなよ、ベセル。お前は冒険者じゃなく、仲間を後ろから刺して殺そうとする醜い犯罪者だろ。そんな人間は、冒険者ギルドより憲兵団の牢獄の中の方がよっぽどお似合いだ」


 強気で出ればいつものように俺が折れると思っていたのか、ベセルは目を見開いて俺を見ていた。

 これまでどれだけ笑われようと、仲間だからと受け流してきた。 

 だが今となっては我慢する必要も、聞き流す必要もない。

 

 まさか俺にここまで突き放されるとは思っていなかったのか。

 ベセルは歩み出ると、床に膝を付いて俺の前で頭を下げた。


「アクト、本当に悪かった。ほんの出来心だったんだ。俺達も冒険者としてやっと成功し始めた矢先だろ。どうか、見逃してくれないか?」


「残念だがそれはできない。すぐにでも憲兵団がやってきてお前を捕まえる事になる。どれぐらいの処罰が下されるんだろうな」


「アクトさんの証言が正しければ、死刑になる可能性は非常に高いでしょう」


「だそうだ。残念だったな、ベセル」


 死刑という言葉を聞いたベセルは膝から崩れ落ちる。

 その顔は恐怖に引きつりながらも、精いっぱいの愛想笑いが浮かんでいる。


「そ、そうだ! 残ってる稼ぎも、装備も、全部持っていっていい! 絶対に改心する! 二度とお前に近づかない! 顔も見せない! だから、憲兵団に引き渡すのだけは……。」


「惜しかったな。あと一日、いや半日だけ改心するのが早ければ、こんなことにならずに済んだのにな」


「嫌だ! 死にたくない! アクト、頼む!」


「そうだな。俺の問い掛けに答えてくれれば、考えなくもない」


「ほ、本当か!?」


 ベセルが弾かれるように顔を上げる。

 ただすでにこの件は俺の手を離れている。

 今さら俺が許すと言ったところで、憲兵団はベセルに厳しい処罰を下すだろう。

 そんなことにも気付かない程、ベセルは混乱と焦燥に駆られているように見えた。


 パーティを組んだ当初、ベセルは冒険者となるために故郷を捨ててきたと語っていた。

 かつて存在した冒険者の英雄を目指して、すべてを捨ててこの道を選んだのだと。

 つまりベセルにとって、冒険者としての人生こそが最も大切なものだといえる。

 だが今や冒険者としての資格をはく奪され、罪人として刑を待つ身となっている。

 

 すべてを奪ってやったという愉悦が加虐心をくすぐる。

 ただここまで必死になっているベセルであれば、俺の疑念にも素直に答えてくれるのではとも考えていた。

 そこで俺は、唯一と言っていい疑念を突きつける。


「イベルタとは、誰だ?」


「うっ……それは……。」


 忘れもしない。死の淵で確かに聞いた名前だ。

 そしてロロは、イベルタにことの顛末を報告に向かうと話していた。

 だが、よく考えてみれば不可解な話だ。

 

 リーダーの権限を持つ俺を裏切り、このパーティを乗っ取る。

 そこに第三者への報告が必要だとは到底思えない。

 裏切りの情報が漏洩すれば、今回のように厳罰を受ける可能性がある。

 だというのに、ロロはあえてこの結果を報告すると発言した。


 少なくとも、三人はそのイベルタという人物と裏で密接にかかわっている可能性がある。

 そしてロロが自ら出向くことを考えても、逆らえない程に上下関係が構築されている。

 詳細などは不明だが、そのイベルタを問い詰める必要がありそうだった

 本来ならばベセルが俺の問い掛けに答えてくれればすむ話なのだが。

 しかしベセルは震えるだけで、沈黙を貫いていた。


「それが答えか。ならこれ以上、お前と話すこともない」


「ま、待ってくれ! それは、それだけは話せないんだ!」 


「なるほどな。自分の命よりもそのイベルタとかいう奴の情報が大切らしいな」


「ち、違う、そうじゃない! 俺はイベルタと連絡を取れないんだ!」


「なら連絡が取れるふたりは、今どこにいる」


「それは、わからない。ギルドへの報告を済ませた後にどこかへ行っちまったんだ」


 それを聞いて、小さく舌を鳴らす。

 3人が虚偽の報告をおこなってから短くない時間が経過している。

 報告のあと、ロロとフォルテナがすぐにイベルタの元へ向かったとなると、すでにこの街にはいない可能性すらある。

 それに憲兵団が捜索を始めるのは、ベセルの取り調べをおこない、ふたりが正式に罪人と認定されてからだ。

 冒険者の証が失効し、憲兵団の捜索範囲が広まればおのずと捕まるだろうが、今現在ではなんの手がかりもないということになる。

 となれば、もはやベゼルに利用価値はないも同然だった。


「それならお前の未来は決まったも同然だ。最後の瞬間まで、後悔するんだな」


「俺を見捨てるのかよ!」


 その瞬間、思わず満面の笑みがこぼれでる。

 まるで道化のような無様な男を見下ろして、そして言った。


「お前の口からその言葉を聞くなんて、最高に面白い冗談だな」

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