第8話
「大丈夫か?」
声をかけるが、目の前の鍛冶師は俺が差し出した剣を睨みつけたまま固まっていた。
現在、俺はギルドでの清算を終えて街でもっとも大きな鍛冶屋に足を運んでいた。
目的はもちろん、戦乙女の亡霊が使っていた剣を鍛えなおすためだ。
この剣はいわば俺の恐怖の象徴であり、復讐心の具現でもある。
俺が裏切者共に直接手を下すのであれば、この剣以上に相応しい得物はないだろう。
ただ問題があるとすれば、鍛冶師の反応が芳しくないことだった。
仕方がなく剣をボロボロになった鞘へと戻すと、ようやく鍛冶師が視線を俺の方へと向けた。
それほどに剣に意識を取られていたのか。
「あ、あぁ、すまねぇな。それで、その剣を鍛えなおしてくれって?」
「そうだ、ぜひ頼みたい」
そう言って、鍛冶師の手に剣を渡す。
鍛冶師はゆっくりと剣を引き抜くと、ぽつりとつぶやいた。
「美しい……参考までに、どこで手に入れたんだ?」
「戦乙女の霊廟だ。そのフロアボスを倒して手に入れた」
「あのダンジョンのフロアボスだと? だが、こんな化け物染みた武器を持ち込みやがったんだから、信じるしかないか」
「その剣が、化け物?」
興奮を隠しきれない鍛冶師の反応を見て、首をかしげる。
確かに持っていた戦乙女の亡霊は化け物と呼ぶにふさわしい魔物だったが、剣自体はただの古びた一振りにしか見えなかった。
しかしそこで、以前聞いていた話を思い出す。
戦乙女の霊廟から生きて帰った冒険者が持ち帰ったとされる剣は、それだけで一財産になったという。つまりこの剣もその話に出てくる剣と同質のものなのか。
そんな俺の予感は的中した様子だった。
「ただの剣じゃねえ。神話の時代に作られたと言われる、テレジアス鉄鋼を使った儀礼剣だ。噂じゃあ神々の先兵が使っていたらしいが、本当だったとはな」
「つまりあの霊廟は、本物の神々に作られた戦乙女が眠る墓所だったってことか?」
「間違いなくな。その証拠に、ここを見てみな」
鍛冶師が指さした剣の柄には、薄れているが見覚えのある紋章が刻まれていた。
「太陽みたいな紋章だな。これってまさか、アポロスの?」
「あぁ、銀月の女神アルディミスと対になる、太陽神アポロスの紋章だ。あの場所に眠っていた戦乙女は、これほど見事な武器を渡される程度には、格式の高い兵士だったんだろう」
言われてみればあの場所にあった棺には、芸術品の様な装飾が施されていた。
それだけ神々は戦乙女達を手厚く葬ったということになる。
となれば中に入っていたのも、実際に神話の時代に活躍した戦乙女達だったのだろう。
目の前の剣から壮大な歴史を感じるとともに、別の不安もこみ上げてくる。
「希少な金属を使ってる事はわかったが、直せそうか?」
「刀身部分は汚れを落として磨きなおすだけで十分なほど原形を留めてる。問題は経年劣化した柄と鞘だな」
「この剣に見合った物を用意してくれ。どれだけ掛かっても構わない。仲間だった連中への手向けになる」
それを聞いた鍛冶師は悲痛な面持ちになる。
おそらく、ダンジョンの中で仲間を失ったと思っているのだろう。
戦乙女の霊廟の悪名を鑑みれば無理もない。
実際には、俺を殺すために裏切ったダンジョンで手に入れた剣を豪奢に飾り付け、それで斬り殺すのが楽しそうだからという理由なのだが。
色々と勘違いしている相手に、わざわざ訂正するつもりもない。
「なら、ざっと見積もって50万ゴールドってとこか。お前さん、払えるのか?」
「ついさっき、懐が暖かくなったばかりなんだ。代金はこの冒険者章を使って、冒険者ギルドから引き落としてくれ」
冒険者章を渡すと、鍛冶師はいったん裏へと消えていく。
恐らく俺が代金を払えるかを確認しに向かったのだろう。
数分の後に鍛冶師は戻ってきて、書類を持ち出した。
「まいど。数日中には完成するはずだ。頃合いを見て、その書類を持って取りに来てくれ」
「あぁ、わかった」
書類と冒険者章を受け取り、鍛冶場を後にしようと踵をかえす。
だがその時、商品棚の中央に飾られた装備が目に留まる。
その装備が特別に目立つわけではない。
鉄や魔物の鱗などを使った重装備ではなく、何かの皮をなめして作った軽装備だ。
上半身の部分は深い朱色であり、下半身にかけて徐々に色が抜け落ちていき、足元に至っては純白だ。
ともすれば普通のコートのようにさえ見える装備だが、なぜか目が離せなくなっていた。
静かな存在感を発するその装備を見上げながら、鍛冶師に問いかけていた。
「あの装備は?」
「あぁ、あれは飛天竜ヘルゼブルグの翼膜を使った防具だ。羽毛のように軽く、業火の中でも燃えない。金属の矢や剣で攻撃されても破れない頑丈さもある」
そう語る鍛冶師はどこか誇らしげだった。
ただそれも当然といえた。
飛竜の中でも最高峰と呼ばれる飛天竜の名を知らない冒険者はいないだろう。
天空の覇者とも呼ばれる飛竜種であり、プラチナ級の冒険者パーティが複数集まって討伐を行う魔物だ。
そんな魔物の頂点に君臨する存在であるヘルゼブルグの素材は非常に高価であり、その防具の希少性と性能も比例して跳ね上がる。
そんな希少な装備を置いてあること自体が、この鍛冶屋の格を表す一種のパラメータになるのだ。
「ちょうど動きやすい装備を探していたんだ」
「安くはないぜ? なんせ先代の鍛冶場長が作った傑作のひとつだ」
「いくらだ?」
「400万だ」
その値段は確かに、ヘルゼブルグの防具としては妥当な値段だった。
剣の修理費と合わせれば、今回の報酬金の大半をつぎ込むことになる。
以前の俺ならここで迷っただろう。
この先、冒険者として活躍できるかわからない。
安全を取って装備への投資は、理性が歯止めをかけるはずだった。
しかし気付けば、再び自分の冒険者章を鍛冶師に渡していた。
「貰おう。代金は引き落としてくれ」
「ほ、本気か?」
「これからは自分の身は自分で守らなきゃならないからな」
今までは騎士のスキルがあったため、重装備で固める必要があった。
仲間への攻撃を防ぎ、敵の攻撃を真っ先に受け止めるという戦い方をしていたからだ。
だが仲間はいなくなり、騎士としてのスキルを失った今、その必要はなくなった。
これからは素早く動ける軽装備を選ぶことになるだろう。
そしてなにより、思わぬ収入が俺の元に転がり込んできた事がこの購入を後押しした。
というのも、俺を除いたメンバーが冒険者としての資格を失ったため、分割されるはずだったパーティ運用予算がすべて俺の物になったのだ。
皮肉にもパーティを乗っ取ろうとした連中が稼いだ金を、俺が全て受け取ったことになる。
「精々、有効活用させてもらうか」
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