第3話

 

 ボスフロアに降りた俺達は、いつもの陣形をたもったまま前進していた。 

 先頭は最も重装備の俺で、続いてベセルとフォルテナ、そしてロロが殿(しんがり)だ。

 目配せで後方の三人に注意を促し、慎重に歩みを進める。


 だがしかし、ここは最高難易度として知られるダンジョンだ。 

 俺やメンバーも周囲を警戒しているが、どんな状況でも油断はできない。 


「慎重に行けよ、アクト」


「わかってる。だが皆も油断はするな。どこから襲われるかもわからない」


「事前の情報では、霊体(アストラル)系のボスがいると聞いていますが、どうなんでしょうか」


 名前の通り、霊体系の魔物は実体を持たない。

 そのため物理的な壁や床を通り抜けて攻撃してくることがあるため、奇襲を受けやすい。

 張り詰める緊張感の中、目の前に広がる薄暗闇へと警戒の目を光らせる。


 その時、ふと違和感を覚えた。

 吐き出す息が白く色づき始めていたのだ。

 前衛と言うこともあり、俺は重装備を身に纏っている。

 にも関わらず体温が急激に下がり、辺りの冷気は一歩進むごとに強くなっていく。

 すぐさま空気が軋みを上げて、身を切り裂くような温度まで下がっていった。

 

 そして何気なく上を見上げて――言葉を失う。

 そして目を疑うほどの光景に、思わず歩みを止める。

 いや、その程度ではまだ足りない。


「全員、すぐに撤退だ」


「あ!? ふざけんな! ここまで来てビビってんじゃねえぞ! まだボスの姿も見てねぇだろ!」


「上を見ろ。言わずとも、撤退の理由がわかるはずだ」


「上だ? なにがあるって……。」


 俺が指さした先。

 薄暗い暗闇の遥か彼方を眺めて、仲間達は言葉を失った。


 膨大な数の、それこそ荘厳ともいえる数の、装飾された棺が俺達を出迎えた。

 緻密な意匠が施され、時の流れと共に劣化しているが、その美しさは寸分も失われていない。

 ただし華美ともいえる棺には、相応の中身が必要となる。 

 そこでようやく、このダンジョンの名前を思い出すことができた。


 戦乙女の霊廟。


 棺の周りには美しい衣装を纏った、戦乙女の亡霊たちが葬列をなしている。

 その数は確認できるだけでも数十はいるだろう。 

 想定していた数よりはるかに多りフロアボスを前に、後方を歩いていた三人も狼狽えていた。


「嘘、だろ……!?」


「こんな数を相手には、戦えないわ」


「あ、アクトさん!」


「即座に撤退だ。戦って勝てる相手じゃ――」


 その時だった。

 腰に鋭い痛みが走り、続いて体を衝撃が貫いた。

 顔や手には、冷たい地面の感覚。

 気付けば俺は、地面に倒れこんでいた。


 ◆


 状況が理解できていなかった。

 混乱と恐怖が、思考を鈍らせる。

 亡霊達の攻撃かと思ったが、視界の先にはまだ三人が立ち尽くしている。

 ならばなぜ、俺は倒れているのか。 

 そんな疑問に答えるように、ベセルの顔に下卑た笑みが浮かんだ。


「は、ははは! 見ろよ、まんまと引っかかりやがった! なぁアクト、どんな気持ちだ? おい、リーダー様よぉ!」


「な、なに、を」


 俺の混乱は、歓喜に満ちたベセルの笑みでかき消された。

 パーティを結成以来、初めて見るベセルの心からの笑みだ。

 

 そして気付かされる。

 ベセル達が俺に抱いていた感情が、ここまで酷い物だったのかと。

 慎重すぎる俺を毛嫌いしていたのは知っていた。

 もっと危険度の高い、ギルドへ自分達の実力を誇示できる依頼を受けたがっていたことも。

 そのせいで俺と仲間の間には軋轢が生じ始めていた。


 しかしそれらはすべて、仲間を守るためだった。

 その事を何度も話し合いで聞かせたこともあった。

 だからこそ、ここまでやるとは思いもしなかったのだ。


 自由の利かない体で、どうにか俺を見下ろすベセルへ視線を向ける。

 するとベセルは手に持っていた短剣で、俺の頬を浅く切り裂いた。


「良いだろ、こいつにはデスワームの麻痺毒が塗ってあるんだ。安心しろよ、死なない程度に痺れるだけだ。もっとも、あの魔物に見つかれば死ぬだろうがな」


 そう言ってベセルは上を見上げた。

 自分達の手で俺を殺せば、その死体を見た他のパーティが不審に思うはずだ。

 だからこそ、魔物に俺を始末させる算段なのだろう。

 事前に準備してあった麻痺毒といい、入念に練られた計画なのは明らかだった。


 このままでは、助かる見込みなど皆無だ。

 その時、視界の端に亜麻色の髪をとらえる。

 心配そうに俺とベセルを見比べるロロだ。

 

 彼女であれば、毒を癒す魔法が使える。

 裏切ったのは剣士のベセルと、魔法使いのフォルテナで間違いはないだろう。

 となれば騎士の俺と神官のロロでは、戦闘面では太刀打ちできない。

 しかしこの場所で戦闘をすればフロアボスを引き付ける事になり、派手な攻撃はできないはずだ。

 となれば俺とロロにも勝機が生まれる。


「ろ、ロロ。 治癒の、魔法を」


 力を振り絞って、声を掛ける。

 ロロの名前を呼ぶと、彼女は俺へと視線を向ける。

 そして下卑た笑みを浮かべ短刀を手にするベセルとも顔を合わせ――彼女の顔から、いつもの笑みが消えた。


「前衛が減ったのですから、帰り道で全滅という事だけは避けてくださいね。それと、例の話。次のリーダー権限は私に譲渡してもらいます」


 そう言って俺を見下すロロは、今まで見たことのない冷たい表情を浮かべていた。

 それはベセルやフォルテナと同じ種類の物だった。


「構わないぜ。この作戦をイベルタから聞いてきたのは、お前なんだからな。好きにすりゃいい」


「それとアクトがギルドに預けている個人資産も私が引き取ります」


「あぁ、あの孤児院に入れるの?」


「あんな話、嘘に決まってるじゃないですか。今の恋人はお金使いか荒いので、もっとお金が必要なだけです」


「アクトの稼ぎを他の男につぎ込むのかよ! やるじゃねえか、ロロ!」


「これまでいいようにアクトを操ってくれていたんだから、それぐらいは当然の権利よ」


 そこで、全てを理解した。

 露骨に意見を対立させるようになったベセルとフォルテナ。

 それと打って変わって俺の意見に賛同していたロロ。

 そんな中で自然と俺は、ロロの意見に流されるようになってしまっていたのだ。

 

 そして今回、俺の決定を決めたのはロロの一言だった。

 全てが仕組まれていたのだと知り、怒りが心の底から湧き上がる。

 だが体は全くと言っていい程、言うことを聞かなかった。


 もはや別人にさえ見えるロロを、最後の力で睨みつける。

 だがロロは、まるでゴミでも見るように俺を見下ろしていた。


「なに見てるんですか? あぁ、私が貴方に好意を抱いていると思っていたのですね。残念、今の彼は私のすべてを満たしてくれます。貴方のような男とは比べるまでもありませんよ」


「俺は自分が腐った人間だと思ってたがよ、ここまでの奴がいるとは。いやはや恐れ入った。よくそれで神官を名乗れたもんだな」


「神に懇願した覚えなど一度もないのですけどね。ともあれ、もうこの場所に用事はありません。戻ってイベルタに報告しないといけませんからね」


 言い捨てると、ロロは三人の中で最初に俺へと背を向けた。

 それにフォルテナが続き、最後にベセルが去ろうとして、ふと俺を振り返った。

 そして俺の目の前でしゃがみ込むと、顔を覗き込みながら笑う。


「あぁそうだった。お前は仲間を守るために、ひとりでボスフロアに残ったとギルドに伝えてやるよ 名誉の死を遂げるんだぜ? 優しいな、俺って奴は」


「ベセル、早くいきましょうよ。フロアボスに襲われるわよ?」


「おっと、そうだったな。じゃあな、アクト。俺が保証してやるよ。お前は最低最悪、無能なパーティリーダーだったってな」


 狂気に染まった笑みを浮かべたベセルが、視界から消える。

 そして三人が遠ざかっていく足音を、いやに研ぎ澄まされた耳が拾っていた。

 

 死ぬのか。

 俺は。

 こんな形で。


 もはや希望などない状況。

 気付けば俺の周囲を、骸と化した戦乙女が舞い踊っていた。

 まるで、俺を仲間に迎え入れるかのように。

 

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