第4話

 意識はあるのに、体は動かない。

 それを理解しているかのように、周囲で舞い踊る美しき亡霊達。 

 抵抗すらできず、ただ殺されるのを待つだけとなっていた。


 その時に感じたのは、恐怖ではなかった。

 その時に感じたのは、純粋な怒りだった。

 

「ふざ、けるな」


 冒険者ギルドで出会った時。

 パーティを立ち上げた時。

 シルバークラスに昇格した時。

 ミノタウロスを討伐した時。

 

 記憶がよぎっては、霧散していく。

 それはもはや、思い出とは呼べない記憶。

 忘れてはならない、憎しみの記憶。


 いつから俺を裏切っていたのか。

 なぜ俺を裏切ったのか。

 聞きたいことは山ほどあった。

 しかしそれすら、かなわない。


「復讐、してやる」


 唸るような声が、微かに喉奥から絞り出された。

 その時、焼けるような痛みが体を駆け抜けた。

 音と痛みで理解する。

 亡霊の剣が、左肩を貫いたのだ。


 視線だけ向ければ、豪奢な鎧をまとった亡霊が俺の肩に剣を突き立てていた。

 眼球のない、漆黒だけが広がる亡霊の双眸を、じっと睨み返す。

  

 眼前には、骸の戦乙女。

 だがそこに恐怖は無い。

 心を支配していたの復讐心。

 純粋な復讐の心だった。


「復讐してやる!」


 ――エクストラユニークスキル『破壊者』の解放条件を満たしました。

 ――破壊者のパッシブスキルを解放します。

 ――破壊者のスキルツリーを解放します。


 瞬間、絶叫が響き渡った。

 そしてなんの前触れもなく、戦乙女の亡霊が爆散した。


 ◆


「な、なに、が……。」


 絶叫を残して消え去った亡霊。

 先ほどまで肩に刺さっていた剣が地面に転がる。

 なにが起きたのかは、まだ理解できない。

 だが頭の中に叩き込まれた、先ほどの情報は鮮明に覚えていた。


「エクストラ、ユニークスキル?」


 間違いなく、あの声はそう言った。

 意識を集中すれば、確かに自分の中に新しいスキルが追加されているのが理解できる。

 俺が持っていたのは『騎士』としてのスキルだけだった。

 それが今や、未知の『破壊者』のスキルに入れ替わっている。


 気付けば手足の痺れは綺麗に消え去っている。

 咄嗟に地面に転がった剣を手に取り、周囲を見渡す。

 さきほど亡霊の悲鳴が周囲の亡霊をさらに引き寄せたのか。


 見渡す限り、戦乙女達の亡霊が俺を取り囲んでいた。


「逃げ場は、ない。 戦うしか、生き残る道はないか。 だが使えるスキルは……。」


 自分のスキルが消えて、詳細が分からないスキルに入れ替わってしまった。

 その中でも使えるのは、たったひとつだけ。

 やけくそ気味に、そのスキルを発動させて、亡霊へと斬りかかる。


「ゼル・インパクト!」


 刀身に鈍い光が宿り、そして――


 ――『霊体特攻・最上級』を入手しました。


「は?」

 

 たった、一撃。

 周囲を薙ぎ払った一撃の元に、亡霊達は打ち砕かれた。



 

 ――ユニークスキル『戦乙女の加護』を入手しました。


 続けざまに響く脳内の声。

 だが頭に直接、大量の情報を詰め込まれたせいか、酷い頭痛に襲われる。

 しかし幸いなことに周囲に亡霊は残っていない。 

 両膝を地面について、頭痛が過ぎ去るのをじっと待つ。


「は、ははは! これは、夢じゃない、よな」


 ふと視線を巡らせれば、地面には数々の武器が転がっている。

 先ほどまで戦乙女の亡霊が持っていた物だ。

 

 それらが、さきほどの出来事が現実だと示している。 

 霊体(アストラル)系と呼ばれる魔物に、物理攻撃は効かない。

 しかし俺の攻撃は確実に、亡霊達をとらえていた。

 いや、それどころではない。

 一撃の元で、打ち滅ぼしたのだ。


 あの『破壊者』のスキルが関係しているのか。

 この異常な速度でスキルを会得しているのも、それに関係があるのか。

 疑問は尽きないが、最初にすることは決まっていた。


「まずはダンジョンから脱出しないとな」


 フロアボスを倒せば、フロアの最奥にあるゲートが使えるようになる。

 それを使えば、このフロアから出口までは一直線だ。

 地上へ出るまでには時間がかかるが、魔物と戦う心配のない安全な通路になっている。

 無理をしてダンジョンの内部を突っ切るより、時間をかけて地上へ戻った方がいい。 

 その方が俺にも都合がいいのだ。


 ただ、周辺に転がる武器や装飾品などが目に留まる。

 これらを持ち帰れば相当な金額になるはずだ。

 特に高位の魔物から取れる魔石は、非常に高価で売れる。

 以前の噂を信じるのであれば、武器も相当に高額ははずだ。


 全てを持ち帰り売却すれば、四人の装備を一新して、パーティホームとして街中に豪邸を立ててもお釣りがくるだろう。


 だが、このフロアにいるのは俺だけ。

 そしてここで戦ったのも、俺だけだ。

 なぜ今になっても仲間のことなど考えなければならないのか。


 一人で持ち帰れる量は限られている。

 俺の今後の活動費となる分だけを持ち帰ればいいのだ。

 いくつかの魔石と小さな装飾品、そして最初に手に入れた剣を手にゲートへ向かう。

  

 いつもならば、安心感と達成感に包まれる瞬間だ。

 しかし今ばかりは、喜ぶ気にはなれなかった。

 心の底から湧き上がる感情が、他の感情を破壊しつくしていた。 


「絶対に、許しはしない」


 裏切ったメンバーへの、復讐心。

 今の俺の心の中を満たすのは、その純粋な復讐心だけだった。

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